我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
「……すごい」
 しばらく歩いて行った先には、この村に明らかに不似合いの一軒家が建ててあった。みんなが住んでいるであろう村とは少し離れた、森を挟んだ場所にある。聞けば、ここも終末の村の敷地内だというが、周りにほかの建物はない。森を挟んでいるからだろうか。
「ユーイン、どうしてこの場所を?」
「どうしてって、俺はここで任務を任されているのだから、住処があるに決まってるだろう」
「あなたのために、家をわざわざ用意してもらったってこと?」
「……いや違う。ここで任務のある騎士用に騎士団が内密に作ったんだ。本来は外部にここを教えたらダメなんだが、今回は特例としよう。生活の面倒を見てやると言った責任もある。しばらく住めばいい」
 そう言って、ユーインが扉を開ける。中にはじゅうぶんな広さがあり、生活に必要なものも一式揃っているではないか。
「こんな家があるのをわかっていながら、私とクロマルと一緒に洞穴で寝ようとしていたの?」
「護衛だからな。仕方ない」
 ユーインの騎士としての意識の高さに感心しつつ、私は家の中にお邪魔させてもらう。ユーインはクロマルを部屋に入れることを嫌がられたが、私が絶対に目を離さないと説得して、嫌々許可してもらえた。
「少しでも家の物に悪戯したり勝手につまみ食いをしたら、速攻たたっ斬るからな」
【ア、アナ……僕、やっぱりあいつがいいやつとは思えないかな……】
 まったくユーインったら、戦闘の意思のない健気なクロマルを脅してばかりなんだから。私の護衛としてクロマルには一緒に行動してもらってるけど、クロマルのことは私が守ってあげないと。
「腹が減ったな。食事をとろう」
 キッチンへ移動するユーインと一緒に、私も保冷庫や保存してある食料をチェックする。肉、魚、野菜――数日は食べ物に困らないであろう量がずらりと並んでいた。これも騎士団からの支援品だろうか。さっき見た村人たちはみんな痩せているように見えたし、自力でここまで集めるのは不可能な気がする。
「助けてくれたお礼に、私が作るわ」
「……本気か? ここに来る前に、包丁すら握ったことがなさそうに見えるが」
「まぁ、見てて。なんでもいいわよね?」
 たしかにアナスタシアとして生まれてから、キッチンに立ったことなどほとんどない。だが、前世の私はいつも家事を任されていた。いつ帰ってくるかわからない母と妹の食事を、いつもひとりで作っていたのだ。
 私は手際よくイエロ―トマトと芽キャベツのサラダと、チキンのハーブ焼き、トマトスープを作った。お米を炊くのは時間がかかりそうだったため、パンを添えて完了だ。
「どうぞ。めしあがれ」
 なにも置かれていなかった木製のテーブルにどんっと料理を並べると、ユーインとクロマルが目を丸くしている。
【さすがアナっ! なんでもできる僕らのご主人様!】
 尻尾をぶんぶん振って、クロマルは今にもよだれを垂らしそうに料理を見つめている。……魔物にも人間の料理がおいしく見えるのか。初めて知ったわ。
「……お前、使用人でもやっていたのか? それかどこかのレストランでシェフをした経験は?」
 ユーインからの圧迫面接が始まろうとしたところで、私たちはご飯を食べることにした。クロマルはがっつくようにダイナミックに料理に食らいつき、ユーインは――特になにも言わないが、スプーンとフォークが進んでいるってことは、口に合わなくはなかったみたい。私はそんなふたりを交互に見ながら、小さく笑ってスープを啜った。
 それから食器を片付けて、お茶を飲んで休息していると、ユーインが寝室に私を案内してくれた。ひとりで寝るにはじゅうぶんなサイズのベッドが置かれている。そしてなんと、ユーインは私とクロマルに「ここで寝ろ」と言いだした。
「ユーインはどうするの!?」
「俺はソファで寝る」
「だったら私がそっちで寝るから、ユーインがベッドで寝て?」
 私の言葉に、ユーインは黙って首を振る。
「洞穴で寝かせようとしてたやつが遠慮するな。ソファだって、洞穴の冷たい地面よりは百倍マシだから心配するな」
「……うっ」
 そう言われてしまうと、うまい反論が見つからず。結局私は言われるがまま、ベッドで眠ることになった。
「ねぇクロマル、やっぱりユーインって――」
【あいつはアナにだけ優しいだけ! 僕はいい人って思わないから……ね……】
「……クロマル?」
 シャーッと毛を逆立ててユーインへの怒りを露にしたところで、クロマルは柔らかなベッドの心地よさに負けたのか、すやすやと眠りについてしまった。
 ――怒涛すぎて、あっという間の一日だったわ。
 クロマルの寝息を聞きながら天井を見つめていると、私も知らぬ間に眠りに落ちていった。

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