我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
王都の森に住む魔物に、国民を襲わないよう言い聞かせていたときも同じ手を使っていた。たくさんいる魔物を一匹ずつ探してテイムするのはたいへんなため、今回も同じやり方でいこうというわけだ。
「あ、あの……!」
 相変わらずひとけのない村を歩いていると、背後から声が聞こえて振り返る。そこには、昨日植木鉢に水やりをしていた女の子が立っていた。ベージュがかった茶色いセミロングの髪をふたつに結わえ、少したれ気味の緑の瞳が優しげな雰囲気を醸し出している。
 周りを見渡してもほかに誰もいないってことは、これって――私に声をかけてくれている?
「突然話しかけてごめんなさい! 私、ここに住んでいるジェシカっていいます。年齢は十八歳で、ここにきたのは三年前……って、そんなことどうでもいいですよね。すみませんっ!」
「だ、大丈夫だから落ち着いてください」
 私と同い年のジェシカと名乗る女の子はマシンガントークで話し出したかと思うと、今度は突然何度も頭を下げて謝り出す。緊張しいなのだろうか。というかこの名前――昨日、村人の誰かが口にしていたような。
「ごめんなさい。同年代の女の子と話すのは久しぶりで……あ、あの私、あなたにどうしても、伝えたいことがあって……それで……」
 顔を赤らめて、視線をあらゆる方へ漂わせながら、ジェシカは必死に言葉を紡いでいく。
「昨日はみんながひどいことしてごめんなさい! それと……野草と果物、ありがとうございます。久しぶりに新鮮なものが食べられて、嬉しかったです」
 その言葉を聞いて、私はじーんと心が温かくなるのがわかった。
 ――この子、食べてくれたんだ。昨日私が持ってきたおすそ分けを。
「いいえ。こちらこそありがとうございます。誰ももらってくれないと思っていたから、とれも嬉しくて……ちょっと今、感動しています」
 あんなに〝魔女〟と恐れられていた私に話しかけるのも、とても勇気のいる行動だったろう。それなのに声をかけてくれて、お礼まで言ってくれるなんて、感激のあまり涙が出そうなくらいだ。
「……あの、よかったら昨日のお礼にお茶でもご馳走させてください! 私の家、すぐそこなので」
 ジェシカはそう言って、私を家の中へと招き入れてくれた。
 昨日泊まらせてもらったユーインの家の半分以下しかない、小さな家だ。歩くたびに床がキシキシと音を立てる。部屋の中は殺風景で、あらゆるところになにかが詰まった小瓶が置かれていた。それと、干した野草や果物が並んでいる。
きっとこうして保存期間を伸ばして、危ない森へ行かないでいいようにしているんだ。ここで安全に生きていくために、みんな知恵を働かせているんだわ。
 空いたスペースの適当に座らせてもらっていると、ジェシカが淹れたてのお茶を運んできてくれた。この世界で嗅いだことのないにおいがする。紅茶というより、前世でよく飲んでいたお茶に近い。
「野草をブレンドした、私オリジナルティーなんです。お口にあわなかったらいいけど、温まりますよ。それに、喉にもいいんです」
「へえ。オリジナルだなんて興味がありますわ。では、いただきます」
 プラスチックで作られたカップを手に取ってお茶をひとくち飲むと、懐かしい味が口内に広がった。日本の緑茶みたいな味だ。
「……おいしい」
 ほっと一息ついて呟くと、ジェシカはうれしそうな顔をして、自らもお茶をごくりと飲んだ。
「あ、自己紹介が遅れてごめんなさい。私はアナスタシア・エイメス。いろいろあって昨日からここの住人。同い年だし、よかったら気軽に仲良くしてくれると嬉しいですわ」
「……えっ? エイメスって……あの大聖女様の家系の?」
「ええ」
 なにも気にせず頷くと、ジェシカは驚きで口をあんぐりと開けたまま一歩後ずさる。
 ――忘れていたけれど、私の家ってこの国じゃあ結構名のある家だったんだわ。
 うっかり家名まで名乗ったのは失敗だったと思ったが、もうどうしようもない。
「どどど、どうしてそんなところのお嬢様がこんな場所へ……」
「婚約者と妹に冤罪をかけられてこのザマですわ。おほほほほ」
 明るく振る舞いお茶をもうひとくち飲んでみる。そんな私を、ジェシカは奇異の眼差しで見つめていた。
「でも気にしないでくださいませ。私、ここへ来られたことは幸運だと思っているんです。だってここは自由。ありのままの私でいられるんですもの。もう……できる妹と落ちこぼれの〝姉〟って、世間から後ろ指を差される心配だってない」
 今だって、肩の荷が下りているのかとっても体が軽いし、なによりお茶が美味しく飲める。屋敷にいた頃は、こうやって心からお茶を楽しむこともままらなかった。
「清々しい表情……アナスタシア様は、本当にそう思われているんですね。とても強いお方で……尊敬しちゃいます。私なんて、追放されたばかりの頃は毎日泣いて、全身が震えて、なにもできませんでした。だから……得体のしれないあなたのことを怖いと思いつつも、どこかで手を差し伸べたいって強く思っていたんです」
「……だから私に話しかけてくれたのですね」
 ジェシカは過去の自分と私を重ねていたのだろう。
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