我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
「私からこんなことをジェシカさんに聞くのははばかられるかもしれないけど……あなたはどうしてここへ?」
話をしていても、ジェシカがなにか悪いことをしたとは思えない。ひとりでここへ追放されるなんて、いったいどんな事情があったのだろうか。
「……私は平凡な田舎育ちの娘だったんですけど、ある日両親が事故で亡くなって、親戚の子爵家に引き取られたんです。そこで肩身の狭い生活をしていたんですが、叶えたい夢があったからなんとか頑張っていました」
「夢?」
「はい。薬師になることです。昔から植物に興味があって、町の薬屋さんがいろんな薬草を潰して調合しているのを見てから、その真似事をしていました。……義理の両親は私をさっさと嫁がせることしか考えてなかったので、全部独学なんですけどね」
苦笑するジェシカを見て、私はこの家にたくさんある小瓶の中身がやっとわかった。あれらは全部、ジェシカが調合した薬たちだ。
「ある日、私が作った薬が町で流行った疫病に効いたんです。それで私の薬が王都でも量産されることになったんですけど……町の医者は、その手柄を自分のものにしたかったんでしょう。知らぬ間に私の両親に賄賂を渡して、私の薬はその医者の手に渡ったんです。そしてさらには、私が自分の手柄にしようと疫病を流行らせたなんて嘘までついて……」
「つまり、疫病の事件はジェシカの自作自演にされたと?」
ジェシカは悔しそうに小さく頷いた。なんてひどい話なのか。聞いているだけでも胸が締め付けられる。三年前にここへ追放されたってことは、当時のジェシカは十五歳。そんな少女を大人たちが陥れるなんて信じられない。この世には、どこまでも腐っている人間があちこちにいるのだと悟った。
「なにかの拍子に真実がバレるのを恐れたんでしょうね。町の医者はそこそこの権力者でしたから、うちも相当な額を積まれたのだと思います。そして私はそのままここへ追放――そして、今に至ります」
「じゃあ、ジェシカさんも冤罪をかけられて……ていうかここって、そういう人ばかりだったりして……」
「はい。本当の犯罪者はきちんと牢に入れて処罰しています。ここは一部の上流階級の人間が不必要だと判断した者や、貧しくて税金を払えず国から見放された人がたどり着く最後の場所です」
正式な処刑をするには値しないが、国が存在を亡くしたいと思った人たちの追放先。それが〝終末の村〟――か。どうやら私が思っていたよりずっと、ここの住人たちは闇が深そうだ。そして、この国も。権力者やずる賢い者だけが甘い蜜を吸える国なんて、どこが平和なんだろう。貴族という権力者の立場にいるときは、この闇を知ることすらなかった。
「みんなここでなんとか生活しているけど、魔物がいつ出るかわからないし……食料を得るために森に入って怪我をした人もたくさんいて、すっかり心か折れちゃっているんです。だから……」
「だから、私への無礼を許してあげてほしい――と?」
「……は、はい。村人を代表して、私からのお願いです」
眉を下げ、今にも泣きそうな顔をするジェシカ。私はそんなジェシカにふっと小さく微笑みかける。
「ふふっ。許すもなにも怒っていませんわ。私もやり方を間違っていたと思うし……」
「……アナスタシア様」
「ねぇ。ジェシカって呼んでもいい? 同い年だし、堅苦しいのはここからなしにしましょうよ」
ずいっと身を乗り出して、私はジェシカに提案してみる。
「えぇっ。私はなんと呼ばれていいですが。そんな、私のようなものが、あのエイメス家の聖女様に――って」
言いながら、ジェシカはあることに気づいたようだ。
「あ、あのぅ……もしかして、アナスタシア様は聖女として目覚めているのでしょうか?」
聖女だったら追放するわけないだろうと、ジェシカは内心思っているはず。それでも僅かな疑問と希望を抱き、私に質問しているのだと思う。
「……ええ。私は聖女よ。どうやら王都では、ほとんどなにもできない〝役立たず聖女〟と思われているみたいだけれど」
「! この村に聖女が来るなんて……みんなが聞いたら喜ぶと思います! だって聖女様の結界があれば、もう魔物の襲撃を恐れずにすむ……!」
ジェシカが歓喜の声を上げる。よほど魔物に脅かされてきたのだろう。結界もずっと張られていないのなら、魔物たちも外に出放題だったろうし。
しかし、私の持っている力は聖女だけではない。
「その魔物についてなんだけど、実は私、もうひとつ特別な力があって――」
「ああっ!」
私が魔物使いの力のことを打ち明けようとしたその時、ジェシカが時計を見て大きな声を上げた。
「いけない。ギーさんのところに薬を持っていかないと。ごめんなさいアナスタシア様、10分ほどお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「かまわないわ。……よかったら、私も一緒に行ってもいい? ほかの村人たちとも仲良くなりたくて。あと、聖女の私にもできることがあるかも」
「それはそうですね! ぜひ一緒に行きましょう! 昨日の誤解も絶対に解けるはずです」
ジェシカの厚意で、私もご近所さんの家へ行かせてもらえることになった。その道中、衣類が足りていない話をすると、ジェシカが着ていない服や布を分けてくれると言ってくれた。しばらくは色気のない手作り下着をつける羽目になりそうだが、誰にも見られないので大丈夫だろう。……間違ってもユーインにだけは見られないようにしなくては。
話をしていても、ジェシカがなにか悪いことをしたとは思えない。ひとりでここへ追放されるなんて、いったいどんな事情があったのだろうか。
「……私は平凡な田舎育ちの娘だったんですけど、ある日両親が事故で亡くなって、親戚の子爵家に引き取られたんです。そこで肩身の狭い生活をしていたんですが、叶えたい夢があったからなんとか頑張っていました」
「夢?」
「はい。薬師になることです。昔から植物に興味があって、町の薬屋さんがいろんな薬草を潰して調合しているのを見てから、その真似事をしていました。……義理の両親は私をさっさと嫁がせることしか考えてなかったので、全部独学なんですけどね」
苦笑するジェシカを見て、私はこの家にたくさんある小瓶の中身がやっとわかった。あれらは全部、ジェシカが調合した薬たちだ。
「ある日、私が作った薬が町で流行った疫病に効いたんです。それで私の薬が王都でも量産されることになったんですけど……町の医者は、その手柄を自分のものにしたかったんでしょう。知らぬ間に私の両親に賄賂を渡して、私の薬はその医者の手に渡ったんです。そしてさらには、私が自分の手柄にしようと疫病を流行らせたなんて嘘までついて……」
「つまり、疫病の事件はジェシカの自作自演にされたと?」
ジェシカは悔しそうに小さく頷いた。なんてひどい話なのか。聞いているだけでも胸が締め付けられる。三年前にここへ追放されたってことは、当時のジェシカは十五歳。そんな少女を大人たちが陥れるなんて信じられない。この世には、どこまでも腐っている人間があちこちにいるのだと悟った。
「なにかの拍子に真実がバレるのを恐れたんでしょうね。町の医者はそこそこの権力者でしたから、うちも相当な額を積まれたのだと思います。そして私はそのままここへ追放――そして、今に至ります」
「じゃあ、ジェシカさんも冤罪をかけられて……ていうかここって、そういう人ばかりだったりして……」
「はい。本当の犯罪者はきちんと牢に入れて処罰しています。ここは一部の上流階級の人間が不必要だと判断した者や、貧しくて税金を払えず国から見放された人がたどり着く最後の場所です」
正式な処刑をするには値しないが、国が存在を亡くしたいと思った人たちの追放先。それが〝終末の村〟――か。どうやら私が思っていたよりずっと、ここの住人たちは闇が深そうだ。そして、この国も。権力者やずる賢い者だけが甘い蜜を吸える国なんて、どこが平和なんだろう。貴族という権力者の立場にいるときは、この闇を知ることすらなかった。
「みんなここでなんとか生活しているけど、魔物がいつ出るかわからないし……食料を得るために森に入って怪我をした人もたくさんいて、すっかり心か折れちゃっているんです。だから……」
「だから、私への無礼を許してあげてほしい――と?」
「……は、はい。村人を代表して、私からのお願いです」
眉を下げ、今にも泣きそうな顔をするジェシカ。私はそんなジェシカにふっと小さく微笑みかける。
「ふふっ。許すもなにも怒っていませんわ。私もやり方を間違っていたと思うし……」
「……アナスタシア様」
「ねぇ。ジェシカって呼んでもいい? 同い年だし、堅苦しいのはここからなしにしましょうよ」
ずいっと身を乗り出して、私はジェシカに提案してみる。
「えぇっ。私はなんと呼ばれていいですが。そんな、私のようなものが、あのエイメス家の聖女様に――って」
言いながら、ジェシカはあることに気づいたようだ。
「あ、あのぅ……もしかして、アナスタシア様は聖女として目覚めているのでしょうか?」
聖女だったら追放するわけないだろうと、ジェシカは内心思っているはず。それでも僅かな疑問と希望を抱き、私に質問しているのだと思う。
「……ええ。私は聖女よ。どうやら王都では、ほとんどなにもできない〝役立たず聖女〟と思われているみたいだけれど」
「! この村に聖女が来るなんて……みんなが聞いたら喜ぶと思います! だって聖女様の結界があれば、もう魔物の襲撃を恐れずにすむ……!」
ジェシカが歓喜の声を上げる。よほど魔物に脅かされてきたのだろう。結界もずっと張られていないのなら、魔物たちも外に出放題だったろうし。
しかし、私の持っている力は聖女だけではない。
「その魔物についてなんだけど、実は私、もうひとつ特別な力があって――」
「ああっ!」
私が魔物使いの力のことを打ち明けようとしたその時、ジェシカが時計を見て大きな声を上げた。
「いけない。ギーさんのところに薬を持っていかないと。ごめんなさいアナスタシア様、10分ほどお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「かまわないわ。……よかったら、私も一緒に行ってもいい? ほかの村人たちとも仲良くなりたくて。あと、聖女の私にもできることがあるかも」
「それはそうですね! ぜひ一緒に行きましょう! 昨日の誤解も絶対に解けるはずです」
ジェシカの厚意で、私もご近所さんの家へ行かせてもらえることになった。その道中、衣類が足りていない話をすると、ジェシカが着ていない服や布を分けてくれると言ってくれた。しばらくは色気のない手作り下着をつける羽目になりそうだが、誰にも見られないので大丈夫だろう。……間違ってもユーインにだけは見られないようにしなくては。