我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
 次の日。朝から屋敷内の廊下は、バタバタと忙しない音が鳴り響く。みんな、今日が私とこのエイメス伯爵家の未来を決める大事な日だと思っている。だからなのか、私の準備はそれはもう入念だった。
 身体を隅々まで時間をかけて洗われ、髪の毛をこれでもかというほど溶かし、ドレスも急遽用意された新しいものを着せられる。私だけがこんなにしてもらっていいのだろうかとアンジェリカのことを気にしていると、アンジェリカは「今日はお姉様が主役なんだから!」と、昨日と同じように楽しげな笑顔を見せた。
私はそれを見てほっとする。いつもだったら、アンジェリカは自分より私が目立つことをものすごく嫌うからだ。私もそれをわかっているから、自然とアンジェリカに遠慮するようになっていた。
「あ、このアクセサリーやドレスは使わないの? だったら私が着てみてもいい? お姉様を見ていたら、私もおしゃれをしたくなっちゃったわ」
 アンジェリカはいくつか用意されていて、結果使われなかったネックレスやイヤリング、そしてドレスを眺めながら言う。
「ええ。どうぞ」
せっかく準備してもらったのに使われないのももったいないと思い、私は快くその申し出を受け入れた。アンジェリカか個人的に楽しむ分には、なんの問題もないだろう。
 そうこうしているうちに、そろそろ出発の時間となった。馬車に乗り王宮へ行く私を、両親や使用人たちが見送りにきてくれる。しかし、そこにアンジェリカの姿がないことに気づいた。
 お母様に聞くと、先にどこかへ出かけたと言う。……きっと、新しいドレスを着た自分を人前で披露したいのだろう。個人で楽しむだけで終われるような妹じゃないことにいまさら気づき、私は苦笑する。一応私の物なのだけど、アンジェリカにとっては身に着けた時点で、もう自分のものという認識なのかもしれない。
 まぁ、王宮に着いてこられるよりはいいか。私がどんなに着飾ったところで、アンジェリカに勝てる気がしないもの。オスカー様の視線をアンジェリカに奪われると、さすがに複雑だわ。
 馬車に揺られて数十分も経てば、王宮が見えてきた。ここには昨日来たばかりなのに、どうしてか昨日よりも大きく見える。オスカー様のところへ案内されながら、私の心臓はドキドキしっぱなしだ。
「オスカー様。アナスタシア様をお連れいたしました」
「ああ。ごくろう」
 連れてこられた先は、王宮の客室だった。オスカー様は従者に下がるよう合図すると、その場には私とオスカー様のふたりきりになった。
 相変わらず、オスカー様は美しい。気合を入れている私と違い、いつも通りの正装なのに。こうしているとなんだか私だけ頑張りすぎな気もして、ちょっと恥ずかしい。
「アナスタシア。……今日はいつもと雰囲気が違うな」
「えっ? ええ。オスカー様のところへ行くと言ったら、屋敷のみんなが一緒に準備をしてくれて……」
 じぃっとこちらを見つめると、オスカー様はフッと笑った。それは優しく微笑むわけでも、準備をした私を見て喜んでいる笑顔でもない。どちらかというと……馬鹿にしているような、そんな笑い方。
「あ、あの、お話っていうのは」
 なんだかとっても嫌な予感がしたが、私はそれをただの勘違いだと思いたくて、すぐ本題に移ってしまった。オスカー様からの話が私にとっていい話だと、確信を得たかったのだ。込み上げてくるもやもやとした気持ちを、オスカー様から投げかけられる言葉で拭い去りたい。
「もう言っていいのか? 最後に僕と世間話をする時間くらいは設けてやろうと思っていたんだが」
「……さい、ご?」
 しかし、私の期待する言葉は得られなかった。それどころか、嫌な予感の方が的中していることを確信する。
「僕はこの瞬間をもって、アナスタシア・エイメスとの婚約を破棄させてもらう。ならびに――王都に魔物を連れ込んでいた罪として、君を国外追放に処す」
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