ウェディングドレスは深紅に染まる
仲睦まじいヴァイオスとエリナの婚約期間もそろそろ終わりが見えてきた頃だった。
「エリナ・バーラ、私の妃になれ」
豪華絢爛の舞踏会の最中、この国の第2王子レナードの声が響き渡り、ざわついていた会場は水を打ったように静まり返っていた。
婚約者がいる相手に王子が公の場で求婚するのは前代未聞である。
エリナはピクリと肩を震わせ、エスコートしていたヴァイオスはレナードを鋭い視線で見据えていた。
プラチナブロンドで美しい顔立ちのレナードは、薄笑いを浮かべている。
皆、固唾を呑んで2人に注目していた。
エリナはヴァイオスと目を合わせ頷くと、一歩前に出て、王族への敬意を込め、素晴らしく美しいお辞儀を見せた。
その凛とした姿は女神の化身とたとえられるに相応しく、周りから感嘆の声が漏れる。
「おそれ多くも殿下、わたくし、婚約者のいる身ですので、ありがたいお言葉ですが……」
エリナは断りの意を失礼がないよう丁寧に答えたが、レナードは鼻で笑った。
「知っている。そこにいるライド伯爵の息子だろ? だが、お前は美しい。その男とは不釣り合いだ。私はエリナに一目惚れした。命令だ。婚約は解消せよ」
「……なっ」
無茶苦茶な要求に驚き、言葉を失っているエリナの肩に大きな温かい手が乗る。
「……殿下、お戯れもそこまでにしてください」
ヴァイオスが落ち着いた声で進言すると、レナードはくくっと面白そうに顔を歪めた。
「冗談だ。余興だ。余興。皆の者、驚かせてすまない。引き続き楽しんでくれ」
その言葉を合図に漂っていた緊張感が解かれ、会場はまた賑やかな空間に戻る。
エリナは良かったと安堵し、ヴァイオスを見上げると彼の目は一点を凝視していた。
ヴァイオス様?
ヴァイオスの視線を辿っていき、レナードにぶつかる。
まるで蛇が獲物をみつけ、舌なめずりしているような執拗な漆黒い瞳に、エリナはゾクッと寒気がし「ヴァイオス様、帰りましょう」と舞踏会を後にした。