ウェディングドレスは深紅に染まる

 冗談でも婚約者がいる相手に求婚するなんて、悪ふざけがすぎるわ。さすが、酔狂王子(すいきょうおうじ)

 重苦しい雰囲気の中で、エリナは馬車の窓から流れていく景色を見ながら、考え事をしているヴァイオスの様子をチラリと窺う。

 酔狂王子とはレナードが陰で呼ばれているあだ名だった。

 レナードは優秀な人物である。

 中でも剣技は飛び抜けており、騎士団長を兼任するほどの実力であった。

 剣で王子の右に出る者はいない。

 目に余るほどの傍若無人な態度も、優秀がゆえ誰も意見ができない。

 毎夜、女性を部屋に呼んでいるとか、訓練と称し部下を死に至らしめたとか、ペットの獣に気に入らない使用人の血を与えているとか……

 とにかく酔狂なだけでなく、残忍な話もついて回る王子であった。

 エリナは帰り際の王子の目を思い出し、再びゾッとする。

「エリナ」

 ヴァイオスが窓を見つめながら、エリナの名を呼んだ。

「結婚を早めようと思うが……いいだろうか」

 少し緊張気味に話すヴァイオスにエリナは顔を明るくする。

「もちろんですわ! ヴァイオス様」
「我がライド家の象徴色である、深紅のドレスを贈ろう」
「ああ……ありがとうございます」

 家門の象徴色のドレスを贈る……これは最高の求愛の言葉だった。

 泣き顔を見せたくないと思いながらも、エリナの嬉し涙は溢れてくる。

「……もう……泣くなよ」

 耳まで赤くし、困った顔をしたヴァイオスはエリナの肩をそっと抱き寄せた。

 ヴァイオス様の優しさはあの日から何も変わらないわ。

 ヴァイオスの男らしい肩に寄り掛かり、エリナは幸せを噛み締めながら、目をつむった。

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