雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「――榊さん、帰ったの?」
自宅に戻ると台所から母の声がした。
それには答えずに母の元へと行く。
「どうして、創介さんにあんなことばかり言ったの? お母さんの言っていることは分かるよ。でも、どうして、事前に私にその気持ちを話してくれなかったの?」
食器を洗う母は、その手を止めることもせず私の方を見ることもしなかった。
「お母さん。聞いてる?」
母の隣に立ち、つい声を荒らげてしまう。
「聞いてるよ」
手にしていた食器をシンクに置くと、母が私の方に身体を向けた。
「結婚を決めたのはあなただけの意思? 違うでしょ? 二人で決めたことなんだよね?」
「そうだよ」
母の意図することが分からず、ただ母の目をじっと見る。
「だからよ。雪野だけにあんな話をするのはフェアじゃない。二人一緒にいるところで言うべきだと思ったのよ。反対するならあなただけに言うんじゃなく、二人でいるところで言いたかった」
その強い眼差しに、母の想いすべてが滲んでいる気がした。
「お母さんは、やっぱり反対……?」
母がただ頑なに反対しているわけではないことは分かっている。だからこそ辛い。やっぱり、賛成してもらいたかった。
「まあ、喜んで賛成とは言えないわね」
そう言うと、また身体の向きを元に戻し食器洗いの続きに取り掛かってしまった。
「結婚を決めるまで本当にいろいろ悩んだ。勢いや成り行きで決めたことじゃない。時間をかけて、それでも一緒にいたくて決めたの。苦労することも覚悟してる。辛いこともあるかも。でも、それでも創介さんと一緒にいたい」
「――母さん、姉ちゃんの話くらい聞いてやってもいいんじゃないか? あの人、俺から見ても、姉ちゃんのことちゃんと思ってくれてそうだった」
背後から優太が現れた。
水道から流れる水の音が消える。
「お母さんの気持ちはただ一つ。雪野に幸せになってもらいたい。それだけよ」
これ以上議論の余地はないとでもいうように、私の方を見てくれはしなかった。
「苦労する覚悟なんてしなくたって、人生は思いもしない苦労したりする。それなのに、最初から苦労すると分かっているところだなんて、お母さんは行かせたくない」
母の言葉は重い。母自身がずっと苦労に苦労を重ねて来たからだ。
母の苦労は誰より私が一番見て来た。人生に絶対はないし、ある日突然、どんなことが起きるか分からない。お父さんが突然私たち家族から消えてしまったように。
「もし、苦労すると分かっていたら、お母さんはお父さんと結婚しなかった?」
私の問いは、狭い台所で宙ぶらりんになる。
「確かにもっといい選択があるかもしれない。でも、心が言うことを聞かなかった。どうしても創介さんでないとだめだって。私の一番の幸せは創介さんの傍にいること。それだけは分かって」
台所から出る時、振り向いて見た母の背中が小さく感じた。