雪降る夜はあなたに会いたい 【下】


「やはり、あの日も何かあったんだな?」

『ただ疲れただけ』

雪野は、どんな思いで俺にそう言ったのか。

(栗林夫人がお誘いしたとのことでした。
その講演会は、出席者には着物着用をお願いしていたようです。でも、そのことがどうやら奥様に伝わっていなかったようで)

伝わっていないって、それは、栗林専務夫人がわざと伝えなかったということか。

(奥様は榊常務の奥様として、まだ周知されているわけではありません。それを、着物を着ていなかった奥様に対して、栗林夫人が常務の奥様だと周囲の方にご紹介されたと)

それはつまり、大勢の前で注目を浴びせ恥をかかせる――そういう目的か。

栗林が社長の椅子を狙っていることは知っていた。それで、榊の一族である俺を快く思っていないことも。でも、こんなにも早く、そして信じられないほど幼稚な方法で、雪野に矛先が向くとは思わなかった。

 全部、俺の読みの甘さだ。

 誰一人知り合いのいないところに、そんな場に慣れない雪野は出席するだけでも心細かっただろう。

そんな風に晒し者にされた雪野は――。

「――それで、雪野は?」
(……宮川凛子様が、奥様をお助けになったみたいです)
「……え?」

凛子さんが――?

二人は顔を合わせたのか。

(それを見た栗林夫人は、しきりに奥様と宮川さんとの違いを強調していらしたと)

神原から紡がれる言葉に、苦しくなって目を固く閉じた。

 雪野が、凛子さんと比べて自分に引け目を感じているのは分かっている。

 あの日――。宮川氏が総裁選に勝利して、事実上次期総理になることが決まった日。あの夜の雪野は、いつもと違っていた。その理由も、薄々分かっていた。ただでさえその葛藤を抱えているというのに、その心を抉るようなことを。

それも凛子さんの前で――。

あの夜、もっとちゃんと雪野に伝えておけば良かった。雪野でないと意味がないと。雪野しかいらないんだと。

雪野は今、どんな気持ちでいる――?

他人から、凛子さんと比べられて責められて。そんなこと、雪野が責められるべきことじゃない。俺が無理矢理、雪野を自分のものにしたんだ。

こんな風に苦しませると分かっていて――。

「この二週間、雪野はどんな思いで……っ」

神原に届いてしまうということも頭から消えて、たまらなくなって心のまま声を漏らしてしまっていた。

(も、申し訳ございません……っ)

受話器の向こうから、何故か震えた声が聞こえる。

「いや、神原を責めているわけではない。よく、ここまで調べてくれたな。簡単ではなかっただろう。仕事と関係ないのに悪かった――」
(違うんです! 私も、奥様に同じようなことを……)
「え……?」

絞り出したような声のあと、神原が吐き出した。

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