雪降る夜はあなたに会いたい 【下】


(私も言ったんです。奥様を辱めるようなことを――)
「なんだと……?」

神原の言っている意味が分からなかった。こればかりは、まったく想像もできない。神原がそんなことをする理由が見当たらない。

「どうして神原が? いつだ。いつの話だ!」

これ以上は嘘だと言ってほしいと願うばかりに、語気を荒げてしまった。

(……奥様が社にいらした時です)

幹部婦人たちについて説明してほしいと頼んだ時か――?

確かあの時、俺は途中で席を外した。

(常務は仕事上失うものが大きかった。その原因は宮川家との縁談を破談にして奥様と結婚したことにある。そんな噂が本社内で流れていました。それをそのまま奥様に伝えました。栗林専務の奥様や竹中常務の奥様がおっしゃるより前に、私が申し上げていたんです)

雪野を社に呼んだのは、一か月以上前だ。二週間どころじゃない。

「雪野は、何も……。あの日、雪野は俺には何も言わなかった。ただ、神原に感謝して――」

出張中でもなんでもない。あの夜も、雪野の顔を見て抱きしめて。

俺は一体、何を見ていたんだ――。

(私は、それ以外にも失礼なことを奥様に言いました。それなのに、奥様は常務には何も――)
「神原に世話になったと、助かったと、雪野は俺にそう言ったんだ。雪野が何をした? 雪野が一体何をしたって言うんだ!」

どうして……。

(私は、奥様を見下したんです。それなのに、謝る私に、奥様は――)

神原の掠れた声を聞けば聞くほど、自分が許せなくなる。

(奥様は、私の立場と榊常務のことをお考えになったんだと思います。私が申し上げたことを常務にお伝えになったら、私が責められると思われた。そして常務の業務に支障が出ると)

俺がもし、あの時点でこの事実を知ったら。我を忘れて、怒りに任せて神原をやめさせていたかもしれない。職務上まったく問題のない部下だということも忘れて。

 だから雪野は、全部自分の胸の中に閉じ込めた。感じた葛藤も負い目も、辱められたことも。
  
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