雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
この日は、久しぶりに二人でゆっくりできる土曜の夜だ。俺と入れ替わるように風呂に入っている雪野を待っていた。
そう言えば――。
鞄の中にある土産物の存在を思い出して、寝室へと向かう。仕事用の鞄の中から袋を一つ取り出す。
出張報告を終えた後、一人の若手社員が俺のもとに戻って来た。
『常務、よろしければこれをどうぞ……』
『これ……。どうして?』
袋を渡され中を見て、不思議に思って。その社員の顔をまじまじと見つめてしまった。
『出張期間中、バンコクの街中で常務がそれをじっと見ているのをたまたま見かけまして。失礼かもしれませんが、常務が欲しいと思われるようなものではないと思い、もしかしたら奥様へのお土産にしようとされていたのかなと』
まったくその通りだ。雪野への土産にしようと、街に食事に出た帰りに見ては何色にしようかと悩んでいた。
それは、以前も一度雪野に買って帰った、タイシルクで出来ている小さな象のぬいぐるみだ。
雪野は、今ではそれを寝室の自分のチェストの上に飾っている。
―― 一頭だと寂しそう。二つ並べられたらいいな。
そう呟いていたのを思い出して、探していたのだ。でも、急遽帰国することになって、結局買うことが出来なかった。
『深夜まで仕事に追われ早朝の便で帰国されていたので、買う暇がなかったんじゃないかと思いまして。よろしければ、どうぞ』
『いいのか……?』
『もちろんです』
何も買わずにすっ飛んで帰って来た。だから、これは非常にありがたい。
『ありがとう』
雪野もきっと喜ぶだろう。そう思うと自然と口元も緩んだ。
『やはり、奥様へのお土産にされるつもりだったんですか?』
その社員が、居心地が悪くなるほどのニヤついた笑みを俺に向けて来た。
『ああ。以前買って帰った時喜んでいたからな。他に土産なんて何を選んだらいいのかもよく分からないし』
『やはりそうだったんですね。実は、出張メンバーで密かに話していたんです』
手のひらの象からその社員に視線を移す。
『常務は、絶対奥様には甘いだろうって』
『どうして――』
『食事を御一緒した時、我々が奥様のことをお聞きして、それに答えてくださった時の常務の顔が、仕事の時の顔と全然違ったからです』
そんなところを見られているとは気恥しい。
一体俺はどんな顔をしてるんだ――。
今更手遅れなのに、無意味に顔をしかめてみる。
『常務にあんな表情をさせる奥様はどんな方なのだろうと、勝手に盛り上がっておりました。ぜひお会いしてみたいな、なんて――』
『すみませんが』
そこに神原が現れて、目の前の社員が口を閉じた。
『常務もお忙しいので、そろそろよろしいでしょうか?』
じろりと睨むように見られて、『お忙しいところ長居してすみませんでした』と飛んで帰って行った。
『……まったく、ここの社員は、一体どういう感覚をしているのでしょうか。常務に対して平社員があんなにも馴れ馴れしい態度を取るなんて。本社では考えられないことです』
出て行った扉を見ながら、神原が溜息を吐いた。
『まあ、本社とこことでは組織の規模も社員の数も全然違うからな。距離感も違って当然だろう』
俺としては、そんなことよりも、この手のひらにある象のことばかりに意識が向いていた。
雪野を笑顔に出来るものを手に入れたのだ。