雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

 それから、他の人たちとも盛り上がったあと、トイレに行こうと座敷から通路に出た。通路を進み角を曲がると、常務と奥様が向き合って立っているのが視界に入った。

ふ、二人でいる――!

そう言えば、奥様が席を外して少したってから常務もいなくなった。思わず壁に身体を隠す。

「――大丈夫か? 飲みすぎだろ」

常務の声が聞こえる。その声は、私が聞いたことのある常務の声とは全然違う、甘い声。そのことに、私の心拍数は勝手にあがっていく。

「すごく楽しくて、ちょっと飲みすぎちゃったけど、大丈夫です」
「……そうか」

つい、陰からうかがってしまった。
見つめ合う二人の周りだけ、何かの膜に覆われているみたい。

「でも、顔、赤いぞ?」

そう言って背の高い常務が腰をかがめて奥様の顔を覗き込む。そして、手のひらを奥様の頬に当てた。

あ、甘い。甘い。
ドキドキドキドキ――私の心臓がうるさい。

「――それに、熱い」
「ん。私、やっぱり酔ったみたい。ごめんなさい、いろいろと喋っちゃって。皆さん気さくに接してくれるから、嬉しくて。でも、創介さんは嫌だった?」
「……おかげで、恐ろしい疲労感だよ。でも、雪野が楽しいならそれでいい」

常務の、奥様の頬に置かれていた手のひらが髪に触れる。本当に愛おしそうに。

「とは言え、ほどほどにしておけよ? 後で気分が悪くなっても辛いからな」
「はい。でも、本当に今日、ここに来られてよかった。皆さんが創介さんのこと思ってくれているんだなって分かったから。私も、頑張らなきゃって改めて思ったの」

ふふっと、奥様が笑う。

本当に常務のことが、大好きなんだなぁ。
羨ましい。あんな風に想い想われたい。

「――また、そんな可愛い顔して。もう、俺の前以外で、そんな顔をするなよ。心配で心配でたまらなくなるだろ」

――!!

超絶甘い言葉。勝手に脳内では何度も妄想していたけれど、これは生中継だ。

生、ライブ! 

もう無理。これ以上、盗み見するのはやめよう。
一度、自分の席へと戻ることにした。

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