雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

「丸菱グループって知ってるよね。その家の人」

こうなったら開き直るしかない。

「――まるびしグループって、何のグループだよ」

優太が「え?」という表情を一瞬見せたけれど、すぐに元の表情に戻る。

どんな勘違いの余地も与えないように、はっきりと言った。

「有名な企業の丸菱。二人とも聞いたことくらいはあるでしょ? そこの創業家の生まれで、今、創介さんは丸菱グループに勤めてて。お父様が社長で、ゆくゆくは創介さんも社長に――」
「ちょっと待った!」

さっきまでへらへらしていた優太が突然声を張り上げた。

「丸菱って、あの丸菱? 寝言は寝て言えだ。丸菱って言ったら、日本で一、二を争う大企業だ。歴史も格式もある旧財閥系の大大大企業だよ。そこの息子って、そんなの、うちみたいな家の人間が出会うわけない。それ、騙されてんじゃねーの? 『俺、丸菱の関係者だから』とか言って、甘い言葉で誘惑して。姉ちゃんみたいに気のいい人間はすぐに騙されるぞ!」

身振り手振り、すさまじい勢いで優太がまくし立てる。

「――優太、静かにしなさい。雪野が地位なんかで男の人を選ぶわけがないでしょ」
「でもだな――っ」

母の静かな声が、興奮する優太を押し止めた。でも、その目は決していつもの優しい目なんかじゃなかった。

「二年という期間、お付き合いしてきたのよね? それで、二人で結婚を決めた。それでいい?」

母が私の目を真っ直ぐに見つめる。

「うん。相手が相手だし、私もいろいろと考えた。それでも、やっぱりあの人の傍にいたいと思った。お母さんには、何かと迷惑をかけるかもしれない。でも、どうか――」
「話は分かった。来週の日曜日、お母さんパートないから、榊さんの都合がよければ来てもらって」

私に最後まで話させずにそう言った。

「分かった」
「じゃあ、夕飯の片付けでもしちゃおうかな」

母はそれ以上その話には触れずに、さっさと台所へと行ってしまった。残された私に、優太が口を開く。

「……姉ちゃん。ちゃんと分かってるのか? 結婚だぞ? ただの付き合いじゃない、相手の家族も絡んで来るんだ。そんな得体の知れない家に入って行って、大丈夫なのか?」

いつもは冗談交じりの会話しかしない優太が真面目な顔で私を見た。そう思う気持ちはよく分かる。私だって怖くないわけじゃない。

「もう充分、考えて来たことだから」

優太はそれでもまだ何かを言いたげだったけれど、それ以上は何も言わなかった。

 一人になった部屋で、私も大きく息を吐く。

二人とも、”おめでとう”とは言ってくれなかったな――。

母は反対だとは言わなかった。それが救いかもしれない。かもしれないけど……。

胸には、消えない不安が鉛のようにのしかかった。

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