雪降る夜はあなたに会いたい 【下】


「おかえりなさいませ」
「無事、全役員への挨拶は終わった」

部屋に入ると、常務はご自分のデスクの椅子に腰掛けた。でも、奥様は少し離れたところで立たれたままだ。

「じゃあ、私はこれで失礼します」
「えっ? 少し休んで行けばいいじゃないか」

奥様の言葉に、少し驚いたように常務が反応して、すぐに立ち上がった。

「いえ。お仕事の邪魔になってもいけないので、私はこれで」
「そうか?」
「はい」

ピンクベージュのセットアップを着た奥様がそう常務に告げる。

「――下まで送って行こうか。迷うんじゃないか?」

一度は席に着いたはずの常務は、もう奥様の傍に立っていた。少し身長差のある二人が言葉を交わしながらも、その視線がお互いに外れることはない。

「創介さん、大丈夫ですから」

今にも一緒について行こうとした常務をここに押し止め、奥様が私を見た。

「では、失礼します。今日はありがとうございました」

深々と頭を私にまで下げる。
先に頭を下げられてしまったので、私も慌てて頭を下げた。そしてその背中を見送る。

 早く帰ってほしいと、心の奥でそう思っていた。奥様の顔をあまり見ていたくない。そう思っている。

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