雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「――挨拶の段取り、上手くやっておいてくれて助かった。明日からまた、通常通りで頼む」
席に戻っていた常務は、もう仕事の顔に戻っていた。
「かしこまりました」
「――ああ、そうだ」
これで下がろうとした時、常務が私を引き留めた。
「悪いが、一つ神原に頼みがある」
「なんでしょうか」
デスクの上の書類から常務が顔を上げた。
「――妻に、本社と、こっちの役員の奥さん方のこと、いろいろ教えてやってくれないか? 神原なら本社での秘書勤務も長い。いろいろと詳しいだろう。役員の奥さん同士の会合なんかもあるんだろう? その辺の様子やしきたりをあいつに教えてやってくれないか?」
「……私が、ですか?」
すぐに承諾できない自分がいた。
「本来なら実家の母に頼むのが筋なんだろうが、こっちもこっちでいろいろ複雑だからな。神原の方が安心できる。妻はこういう世界に不慣れだから、これから役員の奥さんたちと付き合っていく上での心構えなんかを教えてやってほしい。頼めるか?」
「承知致しました。奥様方の会は私でも存じ上げております。私の知っている範囲でよろしければ、奥様にお伝え致します」
「よろしく頼む」
常務の奥様と、相対さなければならない――。
そう思うと、どうしようもなく気が重かった。