雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「奥様は、いずれ丸菱グループの頂点に立つ方、それも創業家の方の奥様なのです。他の役員とは訳が違う。榊常務に相応しい立ち居振る舞いが必要です。笑顔の奥で常に見られているのです。その向こうに榊常務を見ているんです」
そんな呑気な顔をして。自分がどんな立場にいるのか、分かっているのか。
「それに、どうして奥様はお仕事をおやめになられていないのですか?
会合は決められた日程であるとは言え、これから常務が本社に戻りお立場が上がって行けばいくほど、いろんな方とのお付き合いが必要になります。
榊常務のサポートをするのに専念されるのが筋ではないのですか?
常務は、奥様とのご結婚で失うものが大きかったというのに――」
この人のために、榊常務は最短の出世を諦めたの? こんな小さな会社に飛ばされたって言うの――?
お門違いの怒りが沸々と湧きあがっては溢れ出て。私は完全に我を忘れていた。
「……それは、どういう意味ですか?」
奥様の目に、これまでと違う強い意思が灯る。私を射るように見つめていた。
その目で、ハッとする。
「……も、申し訳ございませんっ! 私としたことが、なんて失礼なことを奥様に――」
咄嗟に膝に付くほど頭を下げた。
上司の奥様に、一体何を口走ってしまったのか。
目の前の人が、あまりに無邪気に微笑むから。立場を忘れて怒りに溺れた。
そんな自分が信じられない。
「そんなこといいんです。それより、私との結婚で、主人が失ったものというのは何ですか?」
「いえ、なんでもございません」
「教えてください。お願いします」
ただただ人の良さそうな微笑みからは考えられないほど、絶対に引き下がらないという強い力のこもった目だった。
奥様は何も知らない――。
その事実が、また私を打ちのめす。