雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「ただの、噂話なのです。そんなお話、奥様のお耳に入れる必要は――」
「噂だとしても、それは神原さんの耳にも入った噂なんですよね? それでしたら、私も耳に入れておくべきことだと思うんです」
真っ直ぐな視線に、結局、耐えられなくなった。
「縁談を破談にし奥様とご結婚されたことの懲罰人事と、お相手の家の面目のため、本社からこちらのような小さい会社へと出向になった、ということです。それはすべて、お父様である社長が決められたとのことでした」
「……そうですか」
そう一言零したきり、奥様は何かを考え込むように黙ってしまった。
「でも、それはあくまでも社内で流れた、勝手な想像みたいなものですから――」
「神原さんは、それがただの噂ではないとお思いですよね?」
即答できない。その答えがイエスだからだ。
「神原さんのような、社内の事情をよくご存じの方がただの噂ではないとお思いなら、答えは明らかですね」
目を伏せられた奥様の表情はよく見えない。
自分で言い出したくせに、私は酷く狼狽して、見苦しく言葉を紡ごうとしてしまう。
「私のような立場の者が、常務の奥様に意見するなど、大変申し訳ございませんでした。無礼をお許しください」
ただただ頭を下げた。
秘書が上司の奥様を恥かしめるような言葉を吐くなんて、聞いたことがない。
私がこんなことを奥様に対して口にしたと、常務の耳にも届くだろう。
常務は激怒するに違いにない。自分がこんなにも愚かなことをしてしまうなんて、取り返しのつかない事実に目の前が真っ暗になる。
「……神原さん、顔を上げてください」
静かな声が頭上から聞こえた。