3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
……まさか、あの場で名前を呼ばれるなんて。

泉様だけではなく、東郷代表や泉様のお父様までいらっしゃったのに……。  

けど、楓様が仰る通り他意はないのでしょうから、特段気にする事でもないのでしょう。


……。

………なんて。


そんな事は始めから分かっていた事なのに、いざ楓様からその言葉を聞いてしまうと、ショックを隠しきれない。

しかも、泉様との結婚話が進展してしまう。

そうなれば、私は完全に二度目の失恋を味わう事になるのだけど、そもそもとして、叶わぬ恋に手を出そうとしているのだから、当然の結果と言ってしまえばそれまでなのだけど……。

楓様は結婚に興味はないと仰っていたし、泉様に対しても愛はなさそうだった。

けど、泉様は楓様のことをどう想っていらっしゃるのでしょうか……。

普段彼女に対して楓様はどのような態度をとっているのかは分からないけど、もしかしたら、泉様は婚約者だし、その事は全てご存知なのかもしれない。

例えそうだとしても、見た限りだと泉様のお父様が仰る通り、楓様に対して夢中なご様子だったし、執着さえ感じられた気がした。

つまり、泉様はどんな状態であれ、楓様のことを心から愛していらっしゃるということなのでしょうか。


それならば、それこそ私の出る幕なんて何もないし、泉様が楓様のことを大切にして下さるなら、それが一番良い結果だと思う。


……まあ、性格に難はありそうですが。


兎にも角にも、泉様のお気持ちをもし確かめることが出来るなら、是非確認したい。

そうすれば、どんどんと膨らんでいく恋心も、直ぐに決着がつけそうな気がするから……。


私は悶々とする気持ちを抱きながら、様々な種類のお酒が入ったグラスが並ぶトレーを手に持つと、足早に楓様の元へと戻った。

「お待たせ致しました。皆様も他のドリンクはいかがですか?」

そして、営業スマイルを見せながら、東郷代表らにも新しいドリンクをご提供した瞬間、一瞬ではあるも東郷代表から鋭い目付きで睨まれ、私は思わず背筋が凍りついてしまった。

「そうだな。浅野君も泉さんもどうかな」

けど、あれは見間違いだったのだろうかと思える程に、東郷代表はすぐさま柔らかい表情に戻り、お二人にもドリンクを促す。

一方、泉様には周りの目を盗んで、私を思いっきり睨み付けてくる。


……こ、これは一体どういうことなのでしょうか。


危うくトレーを持つ手が震えそうになるのを、私は何とか堪えながら、お二人に敵視されているような状況に冷や汗が止まらない。

というか、泉様には始めから嫌われているような素振りだったので、もう何が何だか訳が分からない。

私は何か知らぬ間にまた粗相でもしてしまったのだろうか。

東郷代表にまで睨まれてしまうなんて……。


……もしかして、先程楓様が私を名前で呼んだ事が要因の一つなのでしょうか……。


だとしたら、何だか理不尽な扱いをされているようにも思えてきて、私は新しいドリンクを飲みながら引き続き会話をしている楓様を恨めしく一瞥する。


一先ず、私の任務はこれで完了したように思えたので、また配膳の仕事に戻るためこの場から引き下がろうとした時だった。

「白鳥、来たぞ」

楓様は東郷代表達の輪から突然離脱し、側に立っていた白鳥様に何やら深刻な表情をしながら耳打ちをする。

「……分かりました。行って参ります」

白鳥様も何時になく真剣な顔付きへと変わり、小さく頷いて小声でそう告げると、急に踵を返して足早にある方の元へと向かっていった。

一体どちらへ行かれるのか、姿を追った先には、少し離れた窓際のテーブルで竜司様が一人の男性と会話をしている姿が見えた。

その男性は五十代くらいの白髪混じりで恰幅が良く少し背が低めではあるが、貫禄がある出で立ちに、遠目から見ても何やら唯ならぬ威厳を感じる気がする。

しかも、どこか見覚えのある顔に、もしかしたら著名人の方なのかもしれないけど、楓様は何故監視するように、お二方の元へ白鳥様を向かわせたのか分からない。

けど、ここは私が疑問に思っていてもしょうがないので、気にはなりつつも、とりあえず持ち場に戻る為、私はその場で一礼し配膳の仕事へと戻ったのだ。
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