3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
それから数分後。
ロビーへと到着した私は受付の方まで進むと、カウンター脇で腕を組みながら立っている髪の長い女性に目がいく。
「……泉様……」
その女性の名前を思わず口にすると、向こうも私の存在に気付いたのか。血相を変えてこちらを凝視しながら早足に近付いてきて、私は蛇に睨まれた蛙の如くその場から動けなくなり佇んでしまう。
そして、面前で立ち止まった瞬間、思いっきり右頬を叩かれてしまい、あまりの強い衝撃に体制が崩れ、危うく倒れそうになってしまった。
「あの時言ったはずよっ!余計な手出しをしたら絶対に許さないって!!」
まさに予想していた言葉を憎しみが籠った表情で勢い良くぶつけられ、私は鋭い痛みが走る頬を抑えながら、何も反論する事なくじっと耐える。
「楓さんからもう私とは会えないって断言されたわ。婚約も破棄するって。そんな身勝手な話が許されるはずないのに、それがどういう事になるのかあなたは分かってるの!?」
そんな私の態度が気に食わないと言わんばかりに、泉様は私の胸ぐらを突然掴み、血走った目で思いっきり睨みつけてきた。
「あの方は東郷グループの御曹司よ!?私達の結婚がどれだけこの会社の未来に繋がるか、それによってあの方の地位がどれ程上がることになるのか、あなたは知らないでしょ!?何の利益にもならない凡人がしゃしゃり出ていい話じゃないのよ!」
その上、鋭利な刃物で何度も胸を突き刺してくるような痛い話をされるも、全ては承知の上なので、私は怯むことなく彼女の目を真っ直ぐと見つめ返した。
「全部分かっています。それに関しては本当に申し訳ないと思います。けど、私は楓さんを心から愛して……」
「うるさいっ!!」
それから自分の本心を泉様にも伝えようとした途端、最後まで言い切る前に再び頬を叩かれてしまい、私は痛みで顔を顰めてしまう。
「私だって楓さんを本気で愛しているのっ!だから、自分の全てをあの方に捧げるつもりでここまで来たわ!あの方の利益になるなら、私はいくらだって利用されても構わない。例え愛されなくても、自分の存在があの方の道標になるのであれば、それだけで十分幸せだったのにっ……!」
しかも、震えた声で悲痛な叫びを吐露されてしまい、そんな彼女の本音に面を食らった私は、開いた口が塞がらなかった。
まさか、彼女がここまで楓さんに想いを寄せていたなんて。
あの時はまるで彼を快楽の一種のように捉えていた言い方だったから、こんなに本気であるとは全く想像も出来なかった。
けど、彼女は全てを受け止めた上で、自分の人生を捧げる程に楓さんを愛している。
それは、まさに私と同じ心境であり、優劣なんてつけられないくらい彼に対して真っ直ぐなものだった。
…………でも。
「泉様のお気持ちは痛い程分かりますが、私も譲れません。彼の側を絶対に離れたくないんです。なので、どんな状況になろうとも、私は楓さんを諦めるようなことは絶対にしません」
同じ心境だからこそ、彼女には尚更誤魔化すことなく、自分の正直な気持ちを包み隠さず全て伝えたい。
それが彼女に対する誠意だと信じて、私は揺るがない意志を全力で彼女にぶつけていく。
「……嫌、そんな言葉聞きたくない。彼と同じようなこと言わないでよっ!」
しかし、泉様はそれを全力で拒み、目に涙を浮かべながら尚も私の頬を叩こうと手を上げた瞬間だった。