3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「こことここの部分辻褄合わないから、もう一度練り直して」
「このデザイン設計コンセプトと一部食い違っているだろ。ちゃんと伝えたのか?訂正し直してもらえ」
「この土地の情報収集甘くないか?もう少し広範囲で建物とか電線状況を調べろ」
黙々とデスクで調査報告書をまとめ上げている間、何人もの人間が東郷課長の厳しいダメ出しに打ちひしがれていく姿を私は横目で捉える。
もはや彼はそれなりの地位につき始めたので、新人の時のような猫被りはほぼなく、相手の年齢問わず素の状態で接しており、それが更に冷たさを増していて、部下の間では超イケメン冷徹鬼課長という称号が付けられていた。
この部門はベテラン勢が多く、かなり歳が離れた部下にも怖気ず、あんな上から目線で指示が出来るのは、相変わらず流石だとつくづく思う。
けど、厳しい中でも彼の指摘事項は側から見てもとても的確であり、どうやら東郷課長が赴任してから開発企画部の功績は一気に上昇し始めているようで、またもや早くも次の昇任話が囁かれている程だった。
前々から思っていたけど、彼は頭の回転が速いだけではなく、情報量と知識量が半端ない。
この海外事業部門に配属されてからもそうだけど、国内だけでなく海外情勢も誰よりも詳しいし、何より優れた先見の明を持っている。
加えて利益のためなら手段を選ばない貪欲さも持ち合わせているのなら、この異例の昇任も納得いく気がする。
一先ず報告書を粗方作り終えた私は、休憩するために社内にあるオープンテラスの椅子に腰掛けた。
後は補足資料を作成して東郷課長に提出すれば今日のノルマは終了。
周囲では承認がなかなか下りないと嘆いている人が多いけど、私に対してはほぼ指摘事項なしで承認が降りるので、おそらく今回もそのまますんなり通れば、久しぶりに定時で帰れると思う。
そうなれば、今夜はちょっと奮発して上等なワインとおつまみを買ってきて、撮り溜めていたドラマの一気見でもしようかと。
そんな事を考えながら、自販機で買ったカップコーヒーを一杯口に運んだ時だった。
「……あー、マジでムカつく。代表の息子だが何だか知らねーけど、俺より六つも年下の奴にあそこまで言われたら流石にキレるわ」
「優秀なのは分かるけど、勤務経歴まだ三年のくせによくあそこまで強気に出れるよな。ベテラン舐めんじゃねーよ」
何やら脇から聞こえてきた不穏な会話に私は横目で様子を伺うと、そこに居たのは先程東郷課長にコテンパにやられていた主任男性だった。
確か指摘されていた時はずっと下手に出ていたけど、腹の中では納得していなかったとは。
その時の二人のやりとりは何となく耳に入っていて、東郷課長の指摘内容は最もだったと思っていたけど、どうやら彼には響いていなかったらしい。
勤務年数の差に対するプライドは理解出来なくもないけど、そのせいで人の意見が聞けないようでは、おそらくこれからも彼は東郷課長にやられ続けるのだろうなと。他人事ながらに哀れみの目を向ける。
「本当に御曹司って良いご身分だよな。どうせ昇任だってコネだろ。じゃなきゃ幾ら何んでもあの年齢で早すぎるし」
「何でも良いけど、さっさと居なくなってくれないかな。あいつのせいで仕事進まないし、もう我慢の限界だわ」
そして、尚も止まらない東郷批判に、私は良い加減うんざりし始めてきて、場所を変えるために席を立った。
前の部署の時は気付かなかったけど、もしかしたらこれまでも裏では彼をよく思わない人間がいたのかもしれない。
確かに、年齢不相応な実力と地位に不平不満を漏らす者が居てもおかしくないのだろうけど。
加えてあの性格であれば、尚更敵が多くなってしまうのは致し方ないと思う。
けど、彼の昇任をコネだと言い張ることは聞き捨てならない。
新人の時もそうだけど、これまで東郷課長は誰よりも仕事熱心で努力家だった。
それは今も変わらずで、彼が定時で帰る所は殆ど見たことないし、その分成果だってしっかりと上げている。
それに、彼は東郷家の外れ者であるが故に、おそらくコネなんてものは存在しないのかもしれない。
そうじゃなきゃ、自分の体を利用してまで昇任に拘る必要がない。
しかし、こんな裏事情なんて当然ながらに誰も知る由はなく、きっと彼は周りから偏見の目を持たれたまま、これからも自分の道を歩み続けるのかと思うと、何だかそれも気の毒に感じてしまう。
加えて、家族から愛されていない、交友関係は知らないけど、仕事では仲間と呼べるような人間が居るなんて聞いたことなく、一体彼はどこまでも孤独な人間なんだと。
あまり人のことは言えないけど、つくづくそう思った私は、既にぬるくなってしまったコーヒーをゆっくり飲みながら窓の外をじっと眺めた。