転生アラサー腐女子はモブですから!?
「やぁ、リアム。急に先触れの使者なんて立てるから、急ぎの用でもあったのか? 確か今日までバカンスではなかっただろうか? アイシャと……」

 執務机で書類を見ていたノア王太子からの先制攻撃が繰り出される。柔らかな口調で笑顔を振りまいているが、目が笑っていない。放たれる黒いオーラに、一瞬、飲まれそうになる。ただ、ここで萎縮しているわけにはいかない。

「えぇ。今日までアイシャとバカンスでしたよ。数刻前に彼女と別れたばかりです。ノア王太子殿下との話し合いが必要になりましたので、急ぎ登城しました。アイシャとの婚約に関しての話し合いをと、思いまして」

「ほぉ~、アイシャとの婚約ですか。まだ、リンベル伯爵家からは何も言ってきていませんが、ウェスト侯爵家には、リンベル伯爵家から何か言って来たのですか?」

「いいえ。リンベル伯爵家からは何も言って来ていません。ただ、アイシャは私との結婚を了承しました」

「アイシャ本人が、婚約を承諾しただと! しかし、結婚には王家とナイトレイ侯爵家の承諾が必要なはずだ。お前達がどう足掻こうとも二家の承諾は得られないよ。他の二家の婚約者候補が辞退しない限り――――、まさか!?」

 黒いオーラを放ち、似非(えせ)笑いを浮かべていたノア王太子の顔が、初めて苦々しく歪む。

「リンベル伯爵からアクションを起こされる前に、ノア王太子殿下と話し合いを持ちたかったのですよ。だから急ぎ登城する必要があった。貴方と交渉する為に。ノア王太子殿下に伺います。なぜ貴方は、アイシャを手に入れたいと思ったのか? 愛などという戯言は聞きませんよ。本心を話して頂きたい」

「私の本心を一臣下に話すとでも思っているなら、自惚れもいいところだな」

「そうですか……、では私の考えを聞いた上で判断頂ければ結構です。ノア王太子殿下は、私やキースと同じようには、アイシャを想っていない。恋愛感情など全くありませんよね。王太子だからこそ恋愛感情なんてものに振り回されれば、足元をすくわれ兼ねないことは、誰よりもご存知のはずです」

「確かに、その通りだね。しかし、それは君たちも同じではないのかい。結婚に恋愛感情など不要。貴族の結婚とは、そういうものだろう」

「そうですね。貴族の結婚は政略的なもの。ただ、王族の結婚に関してだけ言えば、政治的な思惑が強く絡むのは世の常です。王太子なら次期王としての立場を強くし、国民に慕われ、自身を政治の面からも支えることの出来る女性を、王太子妃に迎えたいと考えるのは自然な事です」

「そんな女性を迎えられたら、確かに私の治世は、揺るぎないものになるだろうね」

「『白き魔女』という伝説的な女性を王太子妃に迎えれば、貴方の王太子としての立場は今よりも強いものになる。この国には『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は世界の覇者となる』なんていう、カビの生えた伝承がありますからね。貴方は『白き魔女』としてのアイシャを手に入れたいだけだ。『白き魔女』であれば、アイシャでなくとも、誰でもいいのではありませんか? 巷で噂になっているドンファン伯爵家の、もう一人の白き魔女でも」

「確かに、そうだね。私も王太子である以上、愛だの恋だの、そんな不確かな感情に興味はない。『白き魔女』というネームバリューは実に魅力的だよ。貴族のみならず、平民からの支持を得るための格好の材料となる。私が王となる治政を絶対的な力で支配することが可能だ。実に魅力的な存在だよ『白き魔女』は。だから私がこのゲームを降りる選択肢はないよ」

 くくくっと、笑いをこぼし、『この話は終わり』とでも言うように手を振るノア王太子の不敵な笑みを見て、リアムは苦々しく思う。

「アイシャと過す一週間も残っていることだしね。人の恋心なんて一瞬で変わるものだよ。今は君と結婚するつもりでも一週間後は、私と結婚すると言っているかもしれないだろう。彼女の君に対する恋心は、どれくらい深いものなんだろうね~? 恋を知ったばかりのアイシャの気持ちを変えさせるのは、案外簡単かもしれないね」

 アイシャの恋心。

 ノア王太子の手にかかれば、恋愛経験皆無のアイシャなど簡単に転がされてしまう。ノア王太子に言いくるめられ、いつの間にか結婚を承諾していたなんてことに成りかねない。だからこそ、この男と彼女が一緒に過ごす前に決着をつけたかったのだ。

 アイシャの心に芽生え始めた恋心を壊されるわけにはいかない。
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