転生アラサー腐女子はモブですから!?

アナベルという存在【ノア視点】

 早足で逃げ去ったアイシャを見つめ、ノアの口から笑いがこぼれる。

(本当、おもしろい令嬢だよ)

 リアムに婚約者候補を降りるとは言ったが、アイシャを手に入れられない悔しさが、ずっとノアの胸に燻り続けていた。少しくらい意趣返しをしても良いだろうと思ってしまうのも仕方がない。

 アイシャと過ごす未来は、予想外の連続にあふれ、希望に満ちていただろう。しかし、リアムを敵に回すことだけは避けなければならなかった。右腕として己の治政には、キースと共に必要な人材だ。

 アイシャを諦めることで、あの二人に恩を売っておくことは『白き魔女』を手に入れることで得られるメリットより遥かに大きい。

「ノア王太子殿下、この度は誠に申し訳ありませんでした。アイシャ様との時間を潰してしまい」

 アナベルの言葉に彼女の方を向くと、愁傷な様子でうつむき、肩を落としている。

「いいや。どうせアイシャが強引に連れて来たのだろうし、貴方に非はないよ」

「アイシャ様は不思議な方ですね。初めてお会いした時は、礼儀がなっていない令嬢だと思いましたが、船旅でお会いして腹を割ってお話してみると、とても素敵な女性だと分かりました」

「まぁ、あの夜会での出来事は、彼女にとって不可抗力だったわけだしね」

「そのようでございますね。御三方に嵌められたと、怒ってらしたわ」

「そうか……、怒っていたか。アイシャらしいね」

 アイシャと踊った初めてのダンスを思い出し、笑みが浮かぶ。キャパオーバーを起こし、二回目のダンスの時には、放心状態だったアイシャ。王太子相手に、あんな投げやりな態度をとるのはアイシャくらいなものだ。

「そうですわね。王太子殿下からのダンスのお誘いは名誉あることですから。普通の令嬢は泣いて喜びますわ」

「まぁ、普通はそうだろうね」

「えぇ、普通はそうです。でも、アイシャ様は違う。あの型破りな生き方は、普通にしか生きられない者には眩しくうつります。未婚の時は両親に従い、結婚してからは夫に従い、自身の意思を抑え込み生きて行くしかない貴族令嬢から見たら、己の意思をつらぬくアイシャ様の生き方は、うらやましくもあります。誰しもが自分にないものを持つ者に惹かれる。わたくしも、いつしか彼女の魅力の虜になっておりました。ノア王太子殿下もそうだったのではありませんか?」

 己を真っ直ぐに見つめ紡がれるアナベルの言葉がゆっくりと胸に染み渡る。

< 163 / 281 >

この作品をシェア

pagetop