転生アラサー腐女子はモブですから!?
 確かに、アイシャに惹かれていた。愛していたと言っても過言ではない。

 今思えば、彼女の考え方、生き方に惹かれていたのだろう。あの自由な生き方に、憧れもあったのかもしれない。王太子の立場では絶対に叶わない自由な生き方に……

「あぁ、確かに特別な感情を抱いていたのは確かだ。しかし王太子である以上、愛だの恋だのと、己の感情だけで動けば国が傾く。国民の命を守り、安寧な治政を築くことこそ、王族の最も重要な責務である。愚かにも、己の感情に従い、滅んでいった王族達に、名を連ねることだけは避けたいしね」

「ノア王太子殿下の(こころざし)は素晴らしいものですが、それではあまりにお辛くありませんか? アイシャ様は、リアム様とキース様にも求婚されています。そんな御三方のやり取りを見ているのは、お辛いはずです」

 今後巻き起こるであろう三人のやり取りを、アイシャへの感情を押し殺し見守るのは辛いことだろう。三人の仲を引っかき回してやりたいと考えるほどには悔しい。

「志なんて大したものではないのだよ。私が治める世が思い通りに進めば、それでいい。貴方との婚約を反古にしたのも、アイシャとの結婚がもたらすメリットが貴方と婚約するよりも大きかったからだ。しかし情勢が変わった今、アイシャを手に入れることで起こるデメリットの方が大きくなった。だから諦める。ただ、それだけの事さ」

 目の前に座るアナベルの瞳に涙がたまり、耐えかねたのか俯いてしまう。しかし、アナベルが泣こうが、感情が動くことはない。アイシャとの結婚が絶たれた今、誰と結婚しようが、自分にとってはどうでもいい。

「アナベル、君が望もうが望むまいが関係なく、私との婚約は近々発表されるだろう。それは、リンゼン侯爵家から妃を娶るメリットが、一番大きいからだ。それ以外の感情はいっさいない」

 我ながら酷いことを言っていると思う。アナベル自身には全く興味はなく、リンゼン侯爵家との姻戚関係を結ぶメリットのみで、婚約すると言っているのだから。

(まぁ、そんなことは侯爵令嬢である彼女なら、百も承知だろう)

 アナベルとノアは幼なじみでもある。小さな頃から王太子妃候補として王城に来ていたアナベルとは、お茶会などでも、よく顔を合わせていた。妃候補の令嬢達の中でも抜きん出て優秀だったアナベルは、凛とした立ち姿もあり、どこか近寄り難い印象が幼い頃からあった。

 その冷たく冷静な瞳で見つめられると己の中の弱い部分を見透かされているようで、ノアは昔からアナベルが苦手だった。アナベルが王太子妃候補筆頭となった後も、二人きりで会うのを避けていたのは、彼女に対する苦手意識からだったのだろう。しかし月日は流れ、なかなか婚約者を決めないノア王太子に対し、高位貴族から圧力がかかった。

 あっという間にアナベルとの婚約話が進み、婚約目前となった時、アイシャが『白き魔女』としての力を復活させたことを知った。

 チャンスだと思った。

 苦手意識の強いアナベルと婚約せずに済む。それだけではない。恋心を寄せているアイシャを妻に出来るかもしれないと、舞い上がった。だからこそ、夜会で強引な行動にも出た。

(それも、すべて無駄に終わってしまったわけか……)

 アイシャを手に入れられない悲しみが、今も心の奥底で燻り続けている。

< 164 / 281 >

この作品をシェア

pagetop