転生アラサー腐女子はモブですから!?
「ノア様がわたくしをずっと疎ましく思っていたのは知っております。でも、でも……、わたくしはずっとノア様だけをお慕いして参りました。貴方のことだけを思い、役に立ちたい一心で辛い妃教育にも耐えてきた。貴方の横に立つのに相応しい令嬢になるためだけに必死に生きてきた。ノア様が好きだったから――――」

 肩を震わせ泣く目の前のアナベルからは、凛として佇み、己の深淵を暴かれるような、そんな恐怖感は感じられない。肩を小さく丸め泣くアナベルを見つめ、なぜ自分はこんなにも彼女に苦手意識を持っていたのかと不思議にさえ思う。

(もっと早く、アナベルと向き合っていれば、彼女の違う一面が見られたのだろうか……)

 そんなことを漠然と考えていたノアは、うつむき肩を震わせ泣いていたアナベルの瞳に強い意思が宿るのを目の当たりにして、ハッとする。

「今はリンゼン侯爵家と姻戚関係を結ぶためだけの婚約で構いません。アイシャ様を忘れられなくても構わない。あの方を忘れるためにわたくしを利用なさいませ。いつか、貴方様の心ごと掴んでみせますから!」

 ハラハラと涙を流しながらも、強い意思を宿し、煌めく瞳に魅せられる。

 アナベルもまた、アイシャと出逢ったことで、強い意思を持つ女性へと生まれ変わったのだろうか。

 キラキラと輝く瞳を見つめ、ノアはそんな事を感じていた。

(アナベルと築く未来も、悪くないのかもしれない……)

 弱さを見せ、己の胸の内をさらけ出したアナベルには、昔感じていた苦手意識はもう感じない。

 テーブルに置かれた白く美しい手に、手を重ねる。

「今のアナベルと築く未来は、希望にあふれているのだろうか?」

「えぇ。わたくしがノア様の御心を変えてみせますわ。わたくしと築く未来を、後悔なんてさせない」

 瞳を輝かせ紡がれる言葉がノアの冷え切った心を温めてくれる。

「――――っ! ノア様、笑って……」

「えっ?」

「初めてです。ノア様が笑ってくれた……」

 アナベルの煌めく瞳にみるみる涙が溜まっていく。

 涙を堪え、笑うアナベルの表情は美しい。

 そっと手を伸ばしたノアは、アナベルの瞳に浮かぶ涙を拭い、彼女の手に手を重ね、言葉を紡ぐ。

「貴方と築く未来でも、その笑顔が見たい」

「えぇ。もちろん……」

 アナベルと築く未来。

 いつの日か、醜く濁った心を解放してくれる希望に、彼女がなってくれる。

 ハラハラと涙を流す美しい笑顔を見つめながら、己の心の中で燻り続ける狂気が、わずかに癒される気がしていた。

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