転生アラサー腐女子はモブですから!?
(ほぇぇ、すごっ……)

 門扉の前でリンベル伯爵家の馬車を降りたアイシャは、高くそびえ立つ尖塔を持つ白亜の城を見上げ、絶句していた。

(そういえば、今まで外に出たことも無かったのよね)

 七歳の披露目をしてからの初めての外出が今日だったと、今気づくのも何だか抜けているような気もする。

(まぁ、言語と文字と自分の立ち位置を把握するのに必死だったから仕方ないわよね)

 そんな言い訳をしながら、もう一度、白亜の城を見上げ感嘆のため息をつく。

 前世の記憶を含めてもこんな豪華な城を見るのは初めてだ。これが世に言う『ザ・城』なのだろう。
どこぞの遊園地に建つ城がチンケに思える。

「リンベル伯爵家のアイシャ様ですね。王太子殿下がお待ちでございます。ご案内致しますので此方へお越しください」

 バカでかい門扉を前にポカンと城を見上げていたアイシャに、迎えに出向いた侍従が声をかける。

「――へぇ!? あっ、わかりました」

 たぶんマヌケ面を晒していたのだろう。呆れ顔の侍従が背を向け歩き出したので、アイシャも慌てて後を追いかけ城内へと入った。

 城内はというと、大きくとられた窓から陽の光が差し込み、真っ白な大理石の廊下をキラキラと照らす。そして、廊下の両脇を等間隔に置かれた花瓶が飾り、そこに生けられた色とりどりの花々が華やかな雰囲気を醸し出す。

 そんな城内の様子を堪能する余裕はない。右に左にいくつもの角を曲がり、どんどんと城の奥へと進んで行く侍従に遅れないように必死について行くので精一杯だ。

(一人だったらまず帰れないわね)

『七歳の子供の足に合わせ、スピードを落としやがれ!』と、心の中で文句を言いつつ小走りで侍従の背を追いかけていたアイシャが着いたのは、美しい花々を愛でることが出来る庭の一画だった。

(まだ、王太子殿下は来ていないようね)

 アイシャは給仕のメイドに促され、庭の中央に配されたテーブルの一席に座る。そして、緊張を和らげるため眼前の花々を見て心を落ち着かせようと、軽く深呼吸をした時だった。

「アイシャ、今日は逃げないんだね」

「――――ぎゃっ!!」

 突然背後から響いた声に、素っ頓狂な叫び声をあげる。きっと、お尻が数センチは跳ね上がったと思う。それほどビックリしたのだ。

「ぎゃって……、本当、君は面白い令嬢だね。まさかこの世に、僕の手を振り払って逃げる女性がいるなんて思わなくてね。あの時は、しばらく放心状態になってしまったよ。誕生日パーティーの時は、僕に見つめられて恥ずかしかったのかな?」

(なんだこのナルシスト発言。寒っ……)

 背中に感じるゾワゾワ感にアイシャの身体が震える。決して寒いわけではない。ノア王太子の発言に鳥肌が立つ。アイシャの耳元で、そんな戯言を落としていた王太子が一瞬の間を置き、アイシャの隣の席に移動する。

 瞬間移動かと見紛うほどのスピードに、アイシャの顔がひきつる。

(とりあえず、ここは頷いておこう。反論でもしようものなら、何をされるかわからない)

 操り人形のように首を縦にふるアイシャの手をとったノア王太子が、素早くその手をひく。一瞬の隙をつき引き寄せられそうになるが、すんでんのところで持っていた扇子を顔の前で広げ顔を背ける。

(あぁぁぁ、危なかったぁぁぁ!!!!)

「ノア王太子殿下、アイシャは恥ずかしゅうございます。手を……、手を離してくださいませ」

 アイシャの視界に、すみで壁の花となり気配を消すメイドが写る。

(誰か、助けてえぇぇ)

 そんなアイシャの懇願の視線は、王族に忠実なメイド諸君に華麗にスルーされてしまう。

「どうして? 僕はもっとアイシャと触れ合っていたいな」

(いつの間にか呼び捨てになってるし、こいつ十歳そこそこじゃないの!? ダダ漏れる色気が半端ないんですけどぉぉ)

 掴まれた手にキスを落とされ、『殿下の腕の中へ引き寄せられてしまう』と思った、その時だった。

「あら? ノアじゃない。そして――、隣にいるのはアイシャちゃんかしら?」
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