転生アラサー腐女子はモブですから!?

夜のしじま

――――っいやぁぁ、リアム行かないで……

 夢と現実の境が分からなくなる。

 背を向けたリアムの腕に絡みつく手。ピンクブロンドの髪の女の口角が上がり、リアムの頬へと手を伸ばす。地面へと崩折れ、リアムへと手を伸ばすアイシャを嘲り笑う女。リアムの唇がゆっくりとグレイスの唇に近づいていく。

(イヤよ、やめて!! 彼はわたくしの――――)

 重なった二人の唇を見た瞬間、地面が波打ち、崩れ落ちる。身体が落ちていく。必死に手を伸ばしても、二人に届くことはない。声にならない叫びをあげた時だった。バチりと目が開き、見慣れた天井がアイシャの視界に飛び込んでくる。イヤな汗を大量にかいたせいで、寝間着がグッショリと濡れていた。泣いていたのか、寝起きだからなのか、わからないが、目元が腫れぼったい。

 悪夢から解放されたと言うのに、アイシャの心臓は早鐘を打ち、夢の中の光景が頭にこびりついて離れない。

(眠れそうにないわ……)

 リアムに捨てられる夢を、何度も繰り返し見ては、真夜中に飛び起きる。そんなことを繰り返していれば寝不足になり、日中もボーッとしては、キースに心配される日々を、アイシャは送っていた。
 
 アイシャの手の怪我はとうの昔に治り、普段通りの生活に戻っていたが、日中の彼女の様子がおかしな事を心配したキースは、アイシャをナイトレイ侯爵家から解放する気はない。

(本当、迷惑ばかりかけて、何をやっているのよ)

 落ち込みそうになる気持ちを振り払うため、ベッドの縁に腰掛け、頭を振る。
 
(寝られそうにないし、気分転換に隣の部屋へ行こう。喉も渇いたし、確か……、隣の部屋に水差しを置いてくれていたはず)
 ベッドから立ち上がったアイシャは、続き部屋への扉を静かに開けると、居間の中を覗き込む。

(キースは、居ないわね? 居間の扉越しにキースの寝室だなんて、本当嫌になっちゃう)

 この部屋が夫婦のプライベート空間だと、知らされてからアイシャの気持ちは落ち着かない。特に何かあったわけではない。しかし、誰にも邪魔されずに、行き来が出来るという状況は、精神衛生上よろしくない。

(こんな状態だから、緊張して眠りも浅くなるのよ! 変な夢を見るのは、全部キースのせい!! さっさと、リンベル伯爵家へ帰った方がいいわね!)

 そんな八つ当たりをキースにしつつ、扉を開け、居間へと入ったアイシャは、ソファに座りコップに注いだ水を一気にあおった。
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