転生アラサー腐女子はモブですから!?
(やってしまった。やってしまった……)

 アイシャは王城の門扉を目指し、城内の廊下を全速力で歩く。心臓が煩いくらいにバクバクと音を立てている。

 冷静になり考えれば、とんでもない事をしでかしたとわかる。堪忍袋の緒が切れたとはいえ、クレア王女殿下の頭から紅茶を浴びせ、しかも平手打ちまでしてしまった。あれは、やり過ぎた。

(私、死んだな…………)

 クレア王女殿下に不敬罪で訴えられたら極刑は免れない。万が一、情状酌量の余地があったとしても、お家取り潰しは免れないだろう。

(お父さま、お母さま、ついでにダニエルお兄さま。親不孝なアイシャをお許しください。あぁ、七年間という短い人生だった)

『今度生まれ変わる時は、スマホもBL本もある現代日本でお願いします』と、頭の中で必死に神へと手を合わせていたアイシャは、周りを確認せず歩き回っていた。

「――――ここ、どこ!?」

 非常にマズイことに、アイシャは王城内で迷子になってしまった。

(この一大事に、どうして迷子になるよぉぉ! 一刻も早くリンベル伯爵家に戻って、両親に今日の出来事を伝え、今後の対策を練らないと手遅れになるのに!!)

 とにかく外に出られればいい。その一心で、アイシャは手当たり次第に扉を開けながら進む。その結果、きちんと前を見て歩いていなかった。

「きゃっ!!」

「うわっ! あっぶね」

 廊下の曲がり角でぶつかった反動で、アイシャは尻もちをつく。

「痛ったぁぁ……」

「お前、ここで何してんだ?」

 不遜な声に思わず見上げるとアイシャの天敵、赤髪の奴が目の前にいるではないか。

「痛いわねぇ、前向いて歩きなさいよ!」

「それはこっちの台詞だ! それより、何でお前が王城にいるんだ? ここはお子さまが来るところじゃないだろう」

(いちいちカンに触る奴ねぇ。十歳のお子さまに『お子さま』呼ばわりされたくないわよ! こちとら二十九歳+七歳よ)

「わたくしはノア王太子殿下のお茶会に呼ばれて来ましたの」

「へぇ、ノア王太子殿下のお茶会ねぇ……」

 胡乱な視線をアイシャへと投げる赤髪に、負けじと言い募る。

「なによ。文句でもあるの!?」

「別に――――、で、何でお前はノア王太子殿下のお茶会に来たはずなのに、重要機密飛び交う王城の中枢にいるんだろうなぁ~?」

「……はっ??」

(重要機密飛び交う王城の中枢? そこって……、部外者が居たんじゃマズくないか?)

 アイシャの背を冷や汗が流れる。

(不敬罪で捕まるのと不審者で捕まるのどっちがマシだろうか……)

 背に腹は変えられない。昨日の敵は今日の友と言うしな!

 アイシャは立ち上がると赤髪の腕を掴み、奴の胸へと飛び込んでみた。

「えっ……」

 ビクッと身体を強張らせた赤髪の反応は無視し、ここぞとばかりに伝家の宝刀ウルウル涙目&上目遣い攻撃を仕掛ける。

「リアム様、わたくし追われておりますの。どうかお願いです。わたくしを王城の外へ逃してください」

「………」

 見上げた先のリアムは、まだ固まっている。

(ちっ! 正気に戻れ!!)

 リアムが固まっている間も、遠くの方からはアイシャを探す複数の声が近づいて来る。

(マズいぃぃぃぃぃ!!!! なんで、追ってくるのよぉぉぉ)

「リアム様、早く! 捕まってしまいますわ!!」

 やっと正気に戻ったリアムの手を引き、アイシャは走りだす。

「お前、本当に追われているのか!? 何やらかしたんだよ」

「はは、ははは……、聞かないほうがいいわよ」

 アイシャの口からは、渇いた笑いしか出てこない。

 いつの間にかアイシャを追い越し、リアムが彼女の手を引き走る。

 あっという間に門扉に到着したアイシャは、外に止めてあったリンベル伯爵家の馬車に乗り、急ぎ出立するように御者に伝える。

 ゆっくりと動き出した馬車の窓から顔を出し叫ぶ。

「リアム様、助けて頂きありがとうございました。このお礼は必ず致しますわ!」

 アイシャは、門扉の前に佇むリアムが見えなくなるまで手を振り続けた。



 そして、その日の夜。

 王城での大事件を知った両親の雷がアイシャへと落ちた。しかし、不思議なことに王城からお咎めの勅令が言い渡されることは、その日以降もなかった。

 どうやらアイシャの人生は、この先も続いて行くことになりそうだ。
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