転生アラサー腐女子はモブですから!?
 スクッと立ち上がったアイシャは紅茶が並々と注がれたカップを手に持ちクレア王女に近づくと、王女の頭上でそのカップをひっくり返した。

「きゃぁぁぁぁっ!」

「紅茶をかけられたご気分はいかがですか? これで少しは侍女の気持ちも分かったのではありませんか?」

「何すんのよぉ!!!!」

 憤怒の表情のクレア王女が立ち上がりアイシャに掴みかかろうと手を伸ばす。それを寸前のところでかわしたアイシャは、間髪入れず王女の頬を打つ。

 その場へと崩折れたクレア王女を見下ろし、アイシャは静かに言葉を紡ぐ。

「上に立つ者の行動には、それ相応の責任が伴います。貴方さまの一挙手一投足で、下位の者の人生まで変えてしまうことを知らないわけではありませんよね? クレア王女殿下、貴方がお茶を浴びせた侍女の今後がどうなるか考えた事がありますか?」

 地面へと膝をつき、押し黙ったクレア王女を見下ろし、アイシャは前世の記憶を呼び起こす。

 前世、勤めていた会社は従業員のほとんどが男性という男社会を絵に書いたような商社だった。その中でひとり、同期で一緒になった女性がいた。彼女とは、女同士すぐに気が合い、いつの間にか親友と呼べるまでの仲になっていた。仕事も卒なくこなし、大きな仕事も取ってくる彼女はとても優秀で、男女関係なく慕われていた。

 彼女は自慢の親友だった。

 しかしある時、任されていた大きなプロジェクトが失敗した。もちろん彼女の責任ではない。

 情勢を読み間違えた上司が全ての責任を彼女に押し付け、部下の前で罵倒した。中堅企業では、彼女の悪評はあっという間に広がり、居ずらくなった彼女は逃げるように会社を辞めていった。

 何も出来なかった。いいや、私は何もしなかったのだ。

 彼女にとっての私は、他の同僚と同じ敵でしかなかったのだろう。

 あの時、行動を起こしていたら、彼女の人生は違うものになっていたかもしれない。そう後悔したところで、彼女はもういない。

 だからこそ、今世では間違わない。

「ここに集まる使用人の方々が愚か者ではないことを願いますが、人という存在は、時として残酷な生き物です。たった一度、高位の者の反感をかっただけで、昨日まで親しくしていた者達が、次の日には敵に回るなんて珍しい事ではありません。その者達に爪弾きにされ人生を狂わされた者達の事を考えたことはありますか?」

「………」

(もう、なにを言ってもダメね)

 崩折れたまま動かないクレア王女を一瞥(いちべつ)し、王妃様に向き直る。

「王妃様、見苦しいところをお見せしました。心より、謝罪申し上げます。
――――では、これにて御前失礼致します」

 アイシャはカーテシーをとり、辞去の挨拶を終えると急ぎその場を後にした。
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