転生アラサー腐女子はモブですから!?

三人目の転生者

 この女、やはり転生者か……

 グレイスは気づいているのだろうか? 己が言っている言葉の意味を正確に理解しているのが、私だけだと言う事を。

 常軌を逸した笑い声をあげるグレイスを見つめながら、アイシャは、ある結論に達していた。

 この世界に『乙女ゲーム』だの『ヒロイン』だのと言う言葉は存在しない。

 興奮していて本人は全く気づいていないが、グレイス自ら、転生者である事を暴露してしまっている。もし、彼女が転生者だとするなら、ヒロインの立ち位置を奪った『アイシャ』という存在に、憎悪を燃やすのは仕方がないことかもしれない。

 ただ、この世界が本当に乙女ゲームの世界であるならの話だ。

『アイシャ』というゲームにいない存在こそが、この世界が乙女ゲームの世界ではないと示しているのではないだろうか。

 そこに突破口がある。

『私』の存在こそが、グレイスの狂気を思い止まらせる鍵となる。

「グレイス、貴方は私とリアム様を殺せば全て上手く行くと、本当に思っているの?」

「そんなの決まっているじゃない! 私からヒロインの座を奪ったお前さえいなくなれば、晴れてグレイスがヒロインの座に収まるのよ。そしてお前にうつつを抜かしているキース様も、私を疑っているノア王太子も目を覚ます。皆、私に夢中になるハッピーエンドが待っている。そこにリアム様がいないのは寂しいけど、仕方ないわ。だってリアム様は、私を裏切ったのですもの」

「本気で、そんな結末になると思っているの? ここで、私達を心中に見せかけて殺したとしても、貴方はキース様の心もノア王太子殿下の心も手に入れられないわ。必ず、二人が貴方の悪事を暴き破滅に追い込む」

 アイシャの言葉に衝撃を受けたのか、グレイスの高笑いがピタリと止む。

「グレイス、よく聞いて。この世界は、貴方が言う乙女ゲームの世界なんかじゃない。貴方の『さきよみの力』がデタラメなら、白き魔女なんて、この世界に存在しない。そして、あの乙女ゲームに登場しない『アイシャ』という存在が、ゲームの世界と、この世界が違うことを示している。貴方の企みは成功しないわ。貴方は『白き魔女』でも、『ヒロイン』でもない。ただのグレイスよ。私達が生きている世界は乙女ゲームの世界なんかじゃない! グレイス! 現実を見なさい!!」

 瞳が見開かれ、呆然とその場に立ち尽くすグレイス。そして、リアムの首筋に当てられていた短剣を持つ彼女の手が、力なく落ちた。

「貴方も転生者……、なんて事なの……、なんて事なの……、全ては仕組まれていた……」

 呪詛(じゅそ)のようにブツブツと紡がれるグレイスの言葉は、あまりに小さく、聞き取りづらい。

 カッと見開いた瞳が、爛々(らんらん)と輝き憤怒の表情に変わる。

「お前が全て仕組んだのね! 乙女ゲームのシナリオを知っていたお前が、自分の立場を利用して攻略対象者に近づいた。そして私からヒロインの座を奪ったのね!! 許せない許せない許せない許せない許せないぃぃぃ!!!!」

 短剣を握り直したグレイスが、アイシャ目掛けて突進する。

「殺してやるぅぅぅ!!」

 一瞬だった。

 アイシャがグレイスの狂気に気づいた一瞬後には、椅子に縛られていたはずのリアムが、憤怒の表情のグレイスを引き倒し、両手を後ろ手に拘束していた。

 あまりに華麗な拘束劇に、唖然と立ち尽くすアイシャを置き去りに、淡々と場は進む。敵だと思っていたゴロツキの男達にグレイスを引き渡したリアムが、ゆっくりと近づいて来ても、アイシャは身動きひとつ出来なかった。

「無事で良かった。本当、昔から無茶ばかりする」

「リアム……」

 声にならなかった。

 彼に抱き締められ、温もりを感じた瞬間、アイシャの涙腺は崩壊した。

 リアムは生きている。そして、私も……

 私は、乙女ゲームの矯正力に勝てたのだろうか。

「アイシャ!! 無事か!!!!
――――リアム、お前………………………」

 突然乱入して来た、沢山の憲兵。
 その中にキースを見つけると同時に、リアムの温もりがアイシャから離れていく。

 二人に話さなきゃ、私の本当の気持ちを。

 キースにゆっくりと向き直り、アイシャが一歩を踏み出そうとした時、甲高い叫び声が耳をつん裂く。

「死ねぇぇぇぇ!!!!」

「アイシャ!!」

「――――えっ!? リアム………………」

 アイシャを背後から抱き締めたリアムの身体が床へと落ち、崩折れた彼の周りに血だまりが広がっていく光景が、アイシャの脳内をゆっくりと流れていく。

「……リアム。ねぇ、リアム…………」

 どうして……、どうして…………

「イヤァァァァァァァ………」

 アイシャの悲痛な叫び声と共に、青白く輝き出した彼女の身体を見たキースが叫ぶ。

「アイシャ、ダメだ!! その力を使っては――――」

 キースの叫びを最後に、アイシャの意識は深淵へと落ちた。
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