リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
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 リリィは長い柄を握りしめ、意を決して力いっぱい刃先を地面に振り下ろした。
 ガチンと硬質な音がしてすぐ、手がびりびりと痺れる。再度振り上げようとしたが、なにかに引っかかっているようで中々持ち上がらない。腰を落として「ふんっ」と力を込めたら、すぽっと抜けた。反動でよろめくが、どうにか足を踏ん張って転ぶのを防ぐ。

「やっぱりそう簡単にはいきませんわよねぇ」

 額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。何年も手を加えられていない土地を耕すのは一朝一夕ではなそうだ。
 (くわ)から手を離して「うーん」と全身を伸ばしたら、背骨がゴキゴキッと派手な音を立てた。

「やだ、懐かしい音」

 思わずくすくすと笑いが漏れ、慌てて口もとを手で隠す。

 そういえばこの世界に〝転生〟してから、一度もこの音を聞いていない。
 肩が凝ったといえばすぐに誰かが揉んでくれたし、疲れたといえばすぐにクッションを当てもらい、温かい飲み物と甘いお菓子が運ばれてきた。
 そもそもこんなふうな肉体労働とは無縁だった。

 だからと言って嫌々鍬を振るっているわけではない。むしろ、こんなふうに畑を耕して自給自足するのは、ずいぶん昔からの夢だったのだ。

 目を閉じて、風が木立を揺らす音に耳を澄ます。鼻から大きく息を吸い込むと、肺が若葉の香りでいっぱいになる。
 ゆっくりとまぶたを持ち上げ、眼下に大きな川と街の景色に目をすがめた。

「これよ……わたくしが求めていたのはこれだったのよ」

 リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール。それが今の自分だ。
 陶器のごとくすべすべと白い肌は小さな輪郭を作り、頬はなにをしなくても桜色に色づいている。
 長いまつげに縁どられた二重まぶたの中に、はちみつを流し込んだかのような琥珀色の瞳が輝き、サクランボのような唇からは鈴を転がしたような声が紡がれる。
 ストロベリーブロンドと呼ばれるほのかに赤みがかった金髪は、皆がこぞって美しいと賞賛した。

 クレマン王国で一二を争う美しさだと周囲から持てはやされていたが、つい数日前に侍女ひとりを伴って王都から遠く離れた辺境の地へやって来た。
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