Beautiful moon

『先生』

この流れで、ストレートに聞いてしまう。

『先生は、してないんですか?…結婚』

十中八九、答えは分かっている質問だった。

それでも、わかりきったその答えを自分自身の耳で聞くことで、淡い期待や有り得ない妄想から抜け出したかったのだから、仕方ない。

『…結婚ね』

先生は何故か即答を躊躇い、フッと笑うと、もう一度グラスのカクテルに口をつける。

その僅かな間でさえ、判決を待つ被告人のような気持ちで、固唾をのんだ。

『してない』
『…え?』
『残念ながら、してはいない。未だ独身だ』

そう言うと、おどけたように『高木に先越されたな』と笑ってみせる。

全く想定していなかった答えな上に、何故だか、その笑みには深い愁いが帯びているようで、嫌な予感がした。

『先生、でもその…』

無意識に左手の指輪に視線が行ってしまうと、私の視線に気付いた先生が『ああ、これか』と、苦笑する。

『俺を心配してくれる向こうのご両親には、もう外すように言われたんだが…情けないことに、未だに外せないでいる』
『…それって』

急激に、さっきまでとは違う意味で鼓動が早くなる。

先生の言葉の続きを、先走って想像して、胸まで苦しくなった。
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