元彼専務の十年愛
再会した夏の日とは違う、すっかり寒くなった晩秋の道をひたすら走った。
1分1秒すら惜しい。今すぐ颯太に会いたい。その心のままに。
パンプスの踵が擦れてひりついた。
どうでもいい。こんな痛みなんて、颯太の抱えていた痛みに比べたらなんてことはない。

息を切らしながら玄関を入り、ヒールを脱ぎ捨ててそのままの勢いでリビングへと続くドアを開けた。
すでに着替え終えていた颯太が、私を見て何事かと目を丸くする。

「紗知?どうした?大丈夫か?」

心配そうにやって来た彼の腕をぎゅっと掴んだ。

「ごめんなさい」

必死に息を整えながら、潤む声を絞り出す。
涙を流しながら謝る私に、颯太が困惑の表情を浮かべた。

「あの日、もし『待って』って引き留めてたら」

あの手を掴んで振り向かせていたら。
『どうしてなの?』って問いかけていたら。
走っている間、何度も何度も考えた。

「私は、颯太のつらい気持ちを、少しでも一緒に持つことができた?」

颯太が目を見開き、その茶色い瞳が微かに揺れた。

知っていたのに。
颯太がなんでもひとりで抱え込む人だと。
親善試合の日、膝を抱えてうずくまる彼を見て、おこがましくも私だけは、彼がつらい時に気づいてあげたいと思ったのに。
別れを告げられた時の私はただショックで、自分のことで精一杯だった。
去っていく颯太がどんな顔をしていたのか、考えることもしなかった。

「ごめんね。颯太が苦しんでるのに気づけなかった。ごめんなさ——」

言葉を遮るように、やさしい腕が私を包んだ。

「謝るのは、俺のほうだ」

掠れる声が空気を揺らす。

「金銭的な援助をしたあとは、もう二度と会うことはないと思ってた。だけど、最低だってわかってても、それでも…」

颯太が腕の力を増し、私の髪に顔を埋める。

「少しの間でいいから、あの頃夢見た紗知との未来を、叶えたかったんだ…」

震える声から悲痛な思いが伝わってきて、私も颯太の背を抱きしめた。
止まらない涙が颯太のシャツをどんどん湿らせていく。

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