□TRIFLE□編集者は恋をする□

 

「ちょっと隣のスタジオ行ってきます」

手持ちの仕事もひと段落して、みんなが帰り支度をはじめた頃、私は宅配便で届いたダンボールを持って立ち上がった。

「おー、こっちはもう上がるから、お前もほどほどで切り上げろよ」

そう言う編集長に頷いて、隣にある自社スタジオへと入る。
自社スタジオなんてカッコよく言っても、もともとは古いボイラー室だった窓のない部屋の壁にアールをつけた白いホリゾントを設置して、ブツ撮り用に使っているだけなんだけど。

指紋が付かないように白い手袋をはめると、ダンボールの中から丁寧に梱包されたバッグを取り出し撮影用の台に乗せる。
一緒に添えられた送り状に、『綺麗に撮ってやってくださいね』と手書きで書いてあるのを見て、思わず微笑んだ。

北海道の老舗の馬具メーカーが完全受注生産で作るこの本革のバッグは、ネットの口コミからじわじわと人気が出始めている。
ひとつひとつ手作りで少しずつしか対応できないからと、今まではメディア取材を断り続けていた工房の職人さんに、こんな素敵な物を作る職人さんが北海道にもいるんだと読者の人にも知って欲しくて、どうしてもとお願いして借りたバッグ。
無理言ったからには、最高に素敵に写してあげなきゃ。
私は腕まくりをしてカメラのセッティングを始めた。

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