そして消えゆく君の声
 ……やがて小さな塊が口の中から消えると、先に立ち上がったそいつが右手で肩に触れた。友達に対するような親しげな振る舞いに、指先がこわばる。


「私も家帰るから、君もお兄さんと仲直りしよ。約束ね」


 そう言うなり歩き出して、けれど敷地の真ん中に伸びる大きな木の前で立ち止まる。

 色づいた葉がゆっくり落ちて、足元を黄色に彩るのが見えた。そして。


「私、日原桂」


 今度はお兄さんも一緒に会おうね。

 そう言い残して駆け足で帰っていったそいつ……日原に自分がどう返事をしたのかは思い出せない。やり取り自体は穏やかなものだったのに、嵐のような鮮烈な体験だった。


 ただ、来た道を戻る足取りがひどくふわふわしていたこと、どくどくと脈を打つ胸を押さえながら何度もため息をついていたことははっきりと心に刻まれている。

 思い出すだけで頬が熱くなる初めての気持ちに、なんだかくすぐったい気持ちになって、何度も手を握ったり開いたりして。



 ――それから間もなくあの事故が起きるなんて、想像もしていなかった。

 
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