月がてらす道

 ちなみに、みづほの父親は隣接の市に支社がある大手機械メーカーで工場長の役職に就いていたが、みづほが大学を出た翌年、急な病で亡くなった。今、実家にいるのは母親と、みづほの二人だ。兄弟はいない。
 母親は、介護施設のケアマネージャーである程度の収入は得ているものの、生活するには精一杯の金銭状態であるのをみづほは知っていた。なにしろ実家の建物が、もとは一族の本家だった家屋敷であるため、メンテナンスやら税金やらにやたらとお金がかかる代物なのだ。
 だから、叔父たちが仕事を世話してくれたのは、向こうの都合が大きいとはいえ、本当に有り難かった。
 叔父に代わってメールをクリックすると、ちゃんと表示された。どうやらまた、クリックとダブルクリックを間違えたらしい。叔父は仕事に関しては優秀で有能な人だが、パソコンやネットについては何度勉強しても苦手意識が抜けないという。そして実際、何度教えても初心者並のミスを繰り返してしまう。そういう人もいるってあきらめとくのが賢いよ、と上司の従兄に言われてからは、みづほもそう思うようにしている。
 メールに書かれた得意先名、受注品目と数量を確認して、販売部のフォルダに入っている受注一覧表に赤字で書き込むとともに、メールと一覧表を印刷して社長の叔父に渡した。それから、会社サイト宛に届いている問い合わせがないかをチェックして、更新作業を行う。トップページが冬仕様のままなので、春らしい写真と背景を選び、見栄えの良いように配置してPCとスマートフォンでの動作確認をする。問題はなさそうだ。
 そんなふうにいつもの仕事をこなしていた午後──時刻は3時過ぎ。いくつかの得意先へ納品に出かけていた販売部長が、戻ってくると同時にみづほに声をかけた。
 「みいちゃん、お客さん来てるよ」
 「部長、私は須田ですよ」
 そのやりとりに事務所内の人間全員、総務と経理を担当する義理の叔母と、営業担当の男性二人が吹き出した。ほぼ毎日1回は同じようなやりとりをしている、従兄妹同士なのだった。
 「だからさ、おれも母さんも親父も名字一緒なんだから、わかりにくいし呼びにくいだろって。それよりお客さん」
 「お客さんて、販売所に?」
 みづほは首を傾げた。隣の販売所にはちゃんと、応対する女子社員がいるはずだ。
 「違うよ、みいちゃんいますかって、男の人が来てる」
 「……誰?」
< 72 / 101 >

この作品をシェア

pagetop