契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
「楓?」
 
名を呼ばれて彼を見ると、彼は少し険しい表情になっていた。
 
最近では話をすることも多くなってきたとはいえ、本来であればあまりかかわるべきではない相手に、余計な心配をかけていることは明白だ。

無理にでも笑顔を作らなくては、と思いながら、楓が湯呑みを置いた時。

 ——バタンッ!
 
ひときわ強い風が吹いて庭のなにかが倒れる音がする。

おそらくは建物の外壁にぶつかったのだろう。
 
楓は「ひゃっ!」と声をあげて、両手で耳を塞いだ。
 
和樹が立ち上がり、楓の隣に腰を下ろすし、震える肩を抱き寄せる。

肩の温もりに、少しだけ安堵して楓は耳から手を話す。そして少し気まずい思いになって、彼から見たら大袈裟すぎるであろう自分のこの反応について説明をする。

「台風の風の音が怖いんです。トラウマっていうか……。うちの実家の裏、川になってるでしょう? 小学生の時、台風であの川が増水して、向こう岸の家が崩れ落ちて濁流にのまれるのを見ちゃったんです。そこの家の人は避難してたから、誰かが亡くなったってわけじゃないんですけど……。それ以来、台風がダメになっちゃって」
 
あまり人に弱みを見せるのは好きではない。このことを誰かに言うのははじめてだった。
 
和樹が「そう」と頷いた。

そして少し考えてから「ちょっと待ってて」と言い残し、二階へ行く。しばらくして枕とタオルケットを手に戻ってきた。

「今夜はここで寝ろ。俺も寝室へ戻らずにそばにいる」
 
その言葉に驚いて、楓は目を見開いた。

「え? ……でも……」

「君の身体の大きさなら、ソファでも特別寝にくいというわけでもないだろう。ひとりで風の音に怯えながら別棟で寝るよりはいいはずだ」
 
確かにこのソファは、大きくて楓が会社の寮時代に使っていたベッドよりも寝心地がいいくらいだ。

でもだからといって彼の言葉に甘える気にはなれなかった。
 
台風は毎年やってくる。
 
今までだってこういう夜はあったけれど、ひとりで耐えてきた。今夜だってそうするべきなのだ。

どんなに怖いことがあろうとも誰にも頼らず生きていくと決めているのだから。

「だ、大丈夫です……。自分の部屋で寝られます」
 
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