契約妻失格と言った俺様御曹司の溺愛が溢れて満たされました【憧れシンデレラシリーズ】
「おつかれ」
 
その姿に、楓は息を呑んだ。
 
今夜の彼は、式典のホストらしく正装している。

深い黒のタキシード、いつもより丁寧に撫でつけられた髪。完璧なのはいつものことだけれど、今日は巨大客船のオーナーとしての風格と気品を身につけている。
 
思わず立ち上がる楓を見つめて、綺麗な目を細めた。

「綺麗だ、楓」
 
その言葉に、楓は目を剥いた。

「か、和樹さん……! ま、まだ誰もいませんよ」
 
彼が周囲の目を気にして夫婦のフリをしているのだろうと思ったのだ。
 
和樹がフッと笑った。

「誰かに聞かせるために言ったじゃない。君に言ったんだ。よく似合うよ、そのドレス。オーナーの妻としては少し若々しすぎる印象かなと思ったが、君にはぴったりだ」
 
そう言って彼は楓のすぐそばまでやってくる。
楓の頬に右手の甲でそっと触れる。少し冷たく感じるのは、そこが火照っているからだ。
 
……いったい。
 
こんな自分の反応を、彼はどう思っているのだろう?
 
楓は今更不安に思う。彼の言動にいちいちドギマギとする心臓と、連動するように熱くなる頬。

思い返せば、あの買い物の日から、ずっとこの調子だ。うまくごまかせているとも思えないのに。

「……なんだか、誰にも見せたくない気分だな」
 
ひとり言のように、和樹が呟く。

「見てもらわなくちゃ、私たちが結婚した意味がありません」
 
楓は答えると、和樹が肩をすくめた。

「まぁ、そうだけど」

「……和樹さん」

「ん?」

「今日の和樹さんのパートナー、私でよかったんでしょうか」
 
楓は彼に問いかける。今さらの質問だが、式典前に確認しておきたかったのだ。
 
もともとはクイーンクローバー号の式典までに、楓が彼の妻として相応しくなれなければ、契約終了だという話だった。

けれど蓋を開けてみれば彼が楓に"指導"したことといえば、髪型やメイク、服装に関してのことのみだった。

楓はそれ以外は普段通り生活している。
 
変わったことといえば、あの嵐の夜からら毎朝のコーヒーを一緒に飲むようになったこと。

帰宅することが多くなった彼と、何度か夕食を囲み何気ないやり取りをするようになったことだ。
 
同時に、式典に向けて招待客の予習からドレスの採寸など適宜準備は進めていた。もうこの段になって、今さらダメだとは言われないだろうけれど。

「私、和樹さんの妻として失礼のないよう振る舞えるでしょうか。もちろん一生懸命やるつもりですけど」

 "契約だからやらなくてはならない"という気持ちはもはやない。
 
ただこの人の力になりたい。足を引っ張りたくないと思う。
 
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