冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「やっぱり私の勘は間違ってなかった。二人には運命を感じてたんだよね」
「運命なんて、大袈裟だよ」
麻子が苦笑すると、美琴が真顔になって聞いてきた。
「でも、この年齢だし、今すぐではなくてもお互い将来を考えたりするんじゃない? それに上司と部下だよ。そんな無責任な付き合いできないでしょう?」
「え……?」
美琴の言葉にふと考え込む。この先のことなんて、まるで考える余裕もなかった。
「結婚、少しくらい頭を過るでしょ?」
「結婚なんて、そんなの考えもしないよ」
「じゃあ、この先どうなっていくつもりなの?」
美琴も美琴で真顔で聞き返して来る。
「もちろん、先のことなんてわからないし上手くいかないかもしれない。でも、将来結婚の可能性がゼロだと思っているのに付き合うの? そんな刹那的に一緒にいられる?」
「それは……」
でも今は、そんなこと考えられない。
「私では課長に釣り合わないよ」
考えれば考えるほどそうなる。
「プライベートなことで大金まで出してもらって、対等な関係じゃない。私は親もいないし、親族と言えばお金の無心しかして来ない人たちだよ? そんな私が課長みたいな人との将来を考えるなんて烏滸がましいよ。こうして今、付き合ってもらえるだけで十分だと思ってる」
自分の生い立ちから、これまで自分が誰かと結婚をするいイメージがなかった。だからこそ、一人で生きていける力をつけたいと思ってきたのだ。
「じゃあ、九条さんが考えていたらどうするの?」
美琴がどこか悲しそうに聞いて来る。
「それは……ないと思う。本当は、私とは付き合いたくなかったみたいだし。そもそも誰かに強く執着するような人ではない気がするし」
『――君のことは、部下以上の存在にしたくなかったのに』
九条はそう言っていた。誰かを幸せにできるような男ではない、とも。
「それでも課長といたいと思ったから告白した。だから、今この瞬間、課長といられることの幸せを噛み締めていたいって思う」
「本当にそうなのかな……」
美琴が頬杖をついてポツリと言った。
「……麻子に、その香水をくれたんだよね?」
「うん」
「男の人が恋人に香水をあげる心理。独占欲の表れだって聞くよ? ああ見えて、実は心の中では全然違う感情を持っているのかもしれない。麻子が勝手に何もかも決めつけちゃうのは違うと思う」
九条の考えていること――分かりやすい言葉をくれる人ではないから、はっきりとはわからない。大切にしてくれているし恋人として接してくれている。でもそれが、心からの恋愛感情なのかどうか。
確信なんか持てるはずもない。
今はただ、これ以上九条に迷惑をかけないように、少しでも仕事を頑張って期待に応えられるようにすることくらいしか、彼のためにできることはない気がしている。
「私が課長のことが好き。だから今、一緒にいられて幸せ。今はそれだけを考えていたい」
都合の悪いことに蓋をしているのかもしれない。でも今は、蓋をさせてほしい。