冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜


「ただいま帰りました……」

結局、美琴と話し込んでしまい、九条のマンションに帰宅した時には日付が変わっていた。さすがにまだ寝てはいないだろうけれど、なんとなく静かに歩いてみる。

「――おかえり」

リビングの様子をのぞいてみようとしたら、背後から突然九条の声が聞こえた。驚きつつ振り返った先には、完全オフモードの九条がいた。ちょうど風呂から出てきたところなのか首にタオルをかけている。

「遅くなりました」
「飲んできたんだろ? 水でも飲む?」
「自分でやりますから!」

そう言った麻子にチラリと視線を向けたけれど、すぐに九条はキッチンへと向かってしまった。

「いいよ。座ってろ」

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す九条の背中を見つめていたら、意味もなく胸がギュッと締め付けられた。

「……ほら」

結局、見つめたままでいたからその場に立ったままだった。

「どうした」

そんな麻子を不思議そうに見ながらグラスを差し出して来る。それを受け取り呟いた。

「いえ……改めて、課長のことが好きだなって実感していました」

結婚とか永遠とか。そんな輝かしい未来がなかったとしても、この恋は絶対に自分の人生にとって特別なものだと確信できる。美琴との話とアルコールと。その二つが妙に心をしんみりさせて、そんなことを呟いてしまっていた。

「……それは、どうも」

そんな言葉と手のひらが頭上に降ってきた。

「いえ――」
「ベッドで待ってる」

その手のひらが、するりと髪を撫でるように滑り落ちて消えていく。残った余韻と九条の言葉に一人赤面する。

今日は金曜日。
つまり、そういうことだよね――。

バスルームでいつも以上の緊張を味わう。

 結局、この一週間、ベッドでは本当に眠るだけだった。湯船のお湯に身体を沈める。

 念入りに身体を磨きスキンケアをして、寝室に向かった。

これで、課長が寝ちゃってたら、ちょっと惨めかもしれない……。

なんて思いながら、一人苦笑する。

 二人で過ごせるのは、朝の限られた時間と夜。でも、夜は顔を合わせない日もあった。
 ほとんどの時間を過ごしている職場では、その鉄仮面を崩すことは一瞬たりとてない。むしろ、付き合う前の方がなんとなく優しい時もあった気がするほど。

 だから、日中は、課長であって恋人ではない。

< 111 / 252 >

この作品をシェア

pagetop