冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜


 その発表があったのは、翌週月曜日のことだった。

「――皆も、噂では聞いているとは思うが、このたび我が部で社を挙げた特別プロジェクトが立ち上がる。社運がかかっているかなりのビッグプロジェクトだ」

週初め早々、始業時間と同時に部長の坂田が自らお出ましになっている。
 いつか美琴が言っていた。そして、課長から依頼された仕事の中で、後の大きなプロジェクトに繋がると言っていた。そのプロジェクトがいよいよ始動するのだ。

「指揮をとるのが九条課長だ。このプロジェクトのためにここの課長として配属された。4ヶ月近く、君たちの仕事ぶりを見てその人選を行ってもらった」

坂田のその発言に、一気に課内がざわつく。

――え? そういうことだったの?
――仕事ぶりって、知らない間に見られてた?

「副社長直属のプロジェクトで、社内だけでなく国内、世界においても注目される。絶対に失敗はできない。そのためにもメンバーについては、厳正に決めさせてもらった。では、九条課長からメンバー発表をお願いする」
「――はい」

部長の一歩後ろに立っていた九条が、課員を見渡した。
 そんな発表があるとは、九条は一言も言わなかった。それだけ公私を厳格に分けているということだ。完全に一社員として、麻子もこの発表を聞いている状態だ。

「4月にこちらに来てから、皆さんの能力を測らせて頂いた。公平性を保つために全員に仕事を依頼し、その処理能力、遂行能力、責任感、発想力など多角的に見て判断した」

(そうとは知らずに、俺、課長に叱責されまくったんだけど?)
(俺だって、課長に嫌味言われたのなんて数え切れねーよ)
(そうだよな。あの人、全員に厳しいもんな)

田所が同僚とひそひそと話している。

課長から依頼された仕事。私にもあったように、課員全員がそれぞれが仕事を振られて能力を見られていた――。

「部長からもお話があったように、莫大な金が動くプロジェクトだ。それに相応しい人選ができたと自負している。選ばれた者は自分のキャリアにも大きな箔と経験値となる。持っている力を全て出し切って業務に当たって欲しい。それではメンバーを発表する」

九条が何のペーパーも持たずに真っ直ぐに課員を見た。
 副社長まで絡んでいるなら、それはもう政府も関わって来るであろう一大事業だ。麻子はどこか他人事のように聞いていた。
 これまで特命プロジェクトのようなものに選ばれたことはないし、関わったとしてもせいぜいデータ処理要員としてひたすらにエクセルを駆使していたくらいだ。

「山田、秋元、」

九条の口からは順当に、課内の有能な社員の名前が告げられていく。

「――中野、丸山、以上のメンバーだ。追って、プロジェクトメンバーには今後の予定等連絡する」

部長と九条は立ち去り、発表は終わったようだ。

「お……俺、選ばれました!」

隣で丸山が騒いでいる。

「中野さん、よろしくお願いします」
「え……?」
「だから、中野さんも選ばれたんですよ」

私も――?

思わず九条の方に視線を向けてしまった。当然目も合わない。

「……クソ。なんで、中野と丸山が選ばれて俺が選ばれてねーの?」

田所が、見てすぐわかるほどに表情に怒りを表しいていた。

「確かに、多少はミスったこともあったし課長に迷惑かけたけど、それを言うなら、中野もだよな? おまえと俺で何が違う?」

そう言われても、何と答えたら良いのか分からない。まさか、自分が選ばれるとは思わなかったからだ。

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