冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「俺はともかく、中野さんは妥当じゃないですか? 誰よりも働いてるし、たくさんのことこなしてる。それに、この前課長としていた仕事、常務に高く評価されたって聞きましたよ?」
丸山がすかさず田所に言った。
「俺も田所さんも、面倒な仕事を中野さんに押し付けてたとこあるし。俺はもうやめましたけど、田所さんは未だにちょいちょい、そういうとこあるじゃないですか」
「はぁ? 丸山、おまえ、誰に向かって言ってんの?」
「事実を言ったまでですけど」
「丸山君、もういいから」
慌てて丸山を遮る。今どきの子、と言っていいのだろうか。あまりに言葉がストレート過ぎる。
「選ばれたからには、これまで以上に精一杯頑張ります」
そう田所に告げると、乱暴に椅子を引いてどこかへと行ってしまった。
「……あんなの、ただの八つ当たりですよ。中野さんは堂々していてください」
田所の背中を見送りながら溜息を吐きそうになると、丸山が笑顔を見せる。
「――中野さんと丸山さん、ちょっと」
その時、九条から呼ばれた。
「何でしょうか」
緊張しながら、丸山と共に九条の席で並んで立つ。
「今回、丸山さんを選んだのはあくまで補佐用員としてだ。それを常に念頭に置いてください」
その視線はまず丸山に向けられた。
「君は大きなプロジェクトに関わるのは初めてだろう。決して仕事を選り好みしたりしないよう、自分の立ち位置を忘れないでくれ」
「はい」
何よりも先に丸山に自分の立場を認識させている。それも、九条が丸山の性格を把握しているからこそだ。
「――というわけで、中野さん」
「はい」
切れ長の目が私へと移った。
「丸山さんを君の下につけるから、指導を頼むよ。基本的には、データ処理などの作業を丸山さんには頼むことになるかと思うが、君がしている業務は逐一すべて丸山さんと共有してください」
「すべて、ですか?」
「すべてだ」
九条が即答する。
「承知致しました」
プロジェクトの若手は大体、チームの雑用に追われて終わる。だからこその念押しなのか。
「丸山さんにとっても、雑務だけでなく本筋の仕事を俯瞰することができる。しっかり中野さんの仕事をサポートしてください」
「はい! 中野さんを少しでも助けられるよう頑張ります!」
丸山が声を張り上げた。
丸山君、キャラ変わってない……?
丸山が一際はっきり宣言する姿に、思わず視線を向ける。いつもは能面のような九条の表情も僅かに動いた。
「話は以上だ」
九条に頭を下げ、課長席を後にする。