冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
翌日、早速プロジェクトメンバーが会議室に集められた。
さすが数百億円規模のプロジェクトだ。周囲の顔ぶれを見ても、有能だと社内で一度は名前が上がる人間ばかりだ。出世コースにいる人間というのは自ずとわかって来るもので。社内のそこかしこで人の噂話は絶えない。
「身が引き締まりますね」
隣にいる丸山が姿勢を正していた。
「うちの課に来て、こういう仕事をしたかったんでしょ?」
「そうですね。うちに入社したのも、大きい仕事をしたいと思ってたからなんで。でも――」
視線を前に向けていた丸山がこちらに顔を向ける。
「中野さんが言っていたように、狡賢く立ち回るんじゃなく、正々堂々自分の目の前にある小さなことからやっていくつもりです」
「私?」
自分に指差し聞き返すと、こくんと頷いた。
「以前、俺がやるべき仕事を中野さんに押し付けて課長に怒られていた時、あなたまでわざわざ出てきて一緒に怒られたじゃないですか。その時、俺に腹を立ててもいいはずなのに俺を励ました。ほんとに、この人、バカがつくほどお人好しでバカがつくほどマジメだなって思った」
「バカとは失礼ね」
すみません、と丸山は苦笑してしみじみと口を開いた。
「でも、あの時、『この人だけは裏切っちゃいけないな』って思ったんです。俺、かなり計算高い人間です。いくら反省したとは言え、やっぱりどうせ仕事するなら少しでも自分に有利になるように働きたいって思う。でも、」
丸山の真っ直ぐな視線に熱がこもる。
「あなたのためなら自分の利益なんてどうだっていいって思える。それは、中野さんだからです」
丸山君――。
「おーい。こんなところで愛の告白か?」
丸山の言葉に驚いているとこに、同じ課の同僚でこのプロジェクトのメンバーに選ばれていた山田が会話に入り込んできた。
「そ、そんなんじゃないですから!」
どうして自分が焦らなくてはならないのか分からないが、なんとなく居心地が悪くて咄嗟に否定する。なのに、当の丸山は取り繕うでもなく大真面目な顔で言った。
「中野さんにはすべてをかけられるって言っただけですよ」
「“だけ“って、より重くなってねーか?」
「丸山君、それはあまりに誤解を生む言い方だよ――」
そんなやりとりをしていると、会議室内が静まり返る。九条が会議室に現れた。