冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
結局、夏季休暇は九条が麻子より一日早く取った。
『四日間、旅行するから準備しておいて』
旅行と聞いて、子供みたいに飛び上がって喜んでしまった。
『どこに行くか、目星はありますか?』
『ここは私に任せてくれないか。空港についてからの楽しみにしておいて。と言っても、君も準備に困るだろう。とにかく暑い場所だからその対策だけは抜かりなくな』
九条がそんなサプライズみたいなことをするのも驚きだったけれど、何も明かしてくれないということは計画も手配も全て九条がしてくれたということだ。九条が自分のために考えてくれた。その事実が何よりも嬉しい。
そうして、出発する日の朝が来た。
「パスポートを持っていくと言うことは、海外ですよね」
九条にパスポートを持っていくようにと伝えられていた。
「そうだよ」
「海外なら、場所によっては特別必要なものとかないんでしょうか……」
「暑さ対策さえしてくれたら特にはない。もし必要なものがあれば、現地で買えばいいし」
空港へと向かう車の中で、なんでもないことのように九条が答える。
九条は、白いTシャツに麻素材のシャツを羽織りくるぶしまでのパンツという明らかにラフな格好をしている。その姿を見て、こっそり安堵する。
この日、麻子はロング丈のノースリーブワンピースに薄手のカーディガンを着て来ていた。これで間違っていないみたいだ。
それにしても、ここまでラフな服装をしている九条は見たことがないかもしれない。それだけラフな姿でも、やっぱりきちんとして見えるのは九条の雰囲気のせいか。大人の男の上質なカジュアルとでも言おうか、結局かっこいいのだ。
こうして、どこへ行くのかとあれこれ想像するのも楽しい。それも九条の狙いなのかもしれないと、つい笑ってしまう。
「ん? どうした?」
「いえ。ミステリーツアーみたいで、楽しいなって」
そういう私に、九条がわずかに目を細めて言った。
「そう言ってくれると助かるな」
これから四日間。
二人きりでずっと一緒にいられる――。
もう、頬が緩んで仕方ない。