冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜

「――ジャカルタですか? インドネシアの」

羽田空港の国際線ターミナル。日本の航空会社のカウンターでようやく行き先が判明する。

「今度のプロジェクトと同じ場所……」
「そうだ」

だから――?

九条が麻子に視線を向けた。

「君にジャカルタを見せておきたいと思ったんだ」

九条の顔をまじまじと見つめる。

「もちろん、観光のついでにな」
「ありがとうございます!」

思い切り頭を下げた。

「この短期間で手配してくれたんですよね。何から何までありがとうございます――あっ」

そこで、この旅行にかかる費用について何も聞いていないことに気づいた。

「旅行代はどうしましょうか。帰国後に精算でもいいですか? すみません、事前に聞いておかなくて――」
「いらないよ」

即答した九条をすぐに遮る。

「そう言うわけには行きません。こんなに直前に予約したならかなりの額がかかっているはずです。私にも払わせてください」

そう詰め寄った麻子に、九条がふっと微笑んで向き合った。

「遅れたけど、君への誕生日プレゼントだから。君はつべこべ言わずに楽しんでくれると助かるんだが」
「……え?」

九条の言葉にぽかんとしてしまう。

誕生日。誕生日って……?

「私から君へのプレゼント。この旅行をプレゼントしたいって言ってるんだ」
「どうして、誕生日を……?」

九条には何も話していない。

「君と君の同期が廊下で騒いでいたのが聞こえた」
「あ……っ」

あの時? 

確かに美琴が廊下で大きな声で騒いでいた。

「麻子は何も教えてくれないからな」
「課長……」

九条の手のひらが優しく麻子の頭を撫でる。

「誕生日当日に知っても何も準備できなかった。ごめんな、遅くなって」

あまりの嬉しさと感動に言葉にならなくて、ただ激しく頭を横に振る。


 飛行機へと乗り込むと、いよいよ旅をするのだという実感が湧いて来る。

 窓側の席に麻子、その隣に九条が座った。
 窓からは、ゆっくりと進んでいく滑走路が見える。真夏の空が青い。

「眠くなったら遠慮なく寝ていいからな」

窓の外に意識を向けていると九条の声がした。

「昨日まで仕事で忙しかったんだ。飛行機の中で疲れをとっておくといい」

確かに、休み前にできることは処理しておきたくてしっかり残業した。帰宅してからは旅の準備をして、十分に睡眠を取ったとは言えない。

「……でも、せっかくの旅行だから。寝ちゃうのは勿体無いですね。二人で飛行機に乗るの、初めてだから尚更です」

麻子の言葉に九条が苦笑する。

「勿体無いも何も、ずっと一緒にいるんじゃないか。君はそんなところまで貧乏性だな」

確かに。これから四日間、四六時中一緒にいられると言うのに。自分でも自分の性格に呆れる。
< 131 / 252 >

この作品をシェア

pagetop