冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
宿泊先のホテルの前でタクシーを降りると、ムッとした熱気を身体に浴びた。それでも、思っていたよりも暑さは感じない。八月が乾季に当たるからだろう。
でも、ここは人口2億3000万を超える国インドネシアの首都だ。街は人々の活気と熱気に溢れていた。
「経済成長の真っ只中とあって、首都の開発は目に見張るものがありますね……」
高層ビルが立ち並ぶその様は、まさに大都会だ。
「まだまだこれからの国だからな。だからこそビジネスチャンスを求めて、各国の企業がやって来る」
その中の一つが我が丸菱商事だ。
「――すごく……素敵です」
九条が手配したホテルの部屋に入ると、その内装の豪華さに目を奪われた。
南国らしい原色の赤がインテリアに多用されているのに、センスがいいからとても落ち着く。観葉植物の緑と床の茶に癒されるる。天井から吊るされたシャンデリアが非日常を演出していた。
そして、部屋からの長めだ。高層階にあるこの部屋からジャカルタの街が見渡せる。少しずつ夜へと向かう街は、一つの言葉では言い表せない色で覆われていた。思わず天井まであるガラスにへばりついてしまう。
「課長も見てください! ねぇ、課長――」
後ろに振り返った時に背後から抱きしめられていた。
「悪いが、その『課長』と言うのはやめてもらえないか? せっかくの旅行だぞ?」
「……」
腰のあたりで腕を交差され、耳元で囁かれる。その声はさっきまでの外用の声ではない。無性に甘く響く。
「た、確かにそうですけど、でも、これまでずっとそう呼んで来てしまったので……」
どうやら身体を離す気はないらしい。それどころかよりきつく腕を回し、首筋に唇を触れさせる。吐息がかかって変な声が出てしまいそうだ。
「そもそも、君は私の名前を知ってるのか?」
「上司ですよ? もちろんそれくらいは知ってますけど……」
「なら、何も困ることはないだろ?」
「知ってるか知らないかの問題ではないですから――っ」
しどろもどろになっていくのを面白がるように、九条の唇も手のひらも麻子を追い詰めていく。
「せめてこの旅行中は、『課長』と呼ぶのはやめようか」
「……ひゃっ」
首筋にあったはずの唇が耳たぶに触れてそこで囁くから、とうとう声を上げてしまった。