冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「本当に、奉仕、するつもりですか?」
「その気もないことを言ったりしないよ」
あの九条に、本当にそんなことをさせられるだろうか?
「麻子に最高の思い出を作りたいからな。君が最高の女だと自覚させたいんだ」
その言葉の意味を考えても、すぐに答えは出なかった。
「こんなことまでしてもらっちゃっていいんでしょうか……」
一緒にバスルームまで付いて来そうな九条を振り切り風呂から出たが、九条が麻子の髪を乾かしている。
優しい手つきで麻子の髪を梳きながら、ドライヤーを当てる。
非常にいたたまれない。とっても落ち着かない。やっぱり、九条が上司だという事実は消えて無くならないのだ。
「そんなに肩をこわばらせるな。余計に疲れて意味がない」
長く骨ばった指が髪を流れていくたびに、胸が甘く疼く。その反動でびくりとしてしまうのだから仕方ない。
「課長が私の髪を乾かしてるんですよ? リラックスしろなんて無理」
「課長? そんな呼び方してるからじゃないのか?」
「あ……」
鏡越しに、責めるような九条の視線が痛い。
「急に言い換えるのは難しいです」
「まあ、確かにな。よし、乾いたかな」
ドライヤーの電源を切り洗面台にドライヤーを置いたと思ったら、九条が乾いたばかりの髪にキスをした。
「麻子の髪は、まっすぐで綺麗だな」
「そんなことは……」
「すっぴんも可愛いし、綺麗だ」
「ちょっと、やめてくださいよ!」
「キリッとした眉も、意志の強そうな目も。少し頑固そうな口元も。麻子は凛として綺麗だよ」
「……え?」
急に、どうしたのだ。
「君が魅力的だから、仕事中も本当は気が気じゃない」
「ストップ!」
髪を撫でながら唇を寄せて囁く九条の姿が鏡に映る。たまらなくなって、九条の方に振り返った。
「日本にいる時となんか違いませんか? わざとそんなこと言って私をおちょくってるんでしょ」
確かに今は、二人きりの時の九条は甘くなった。でもだ。今目の前にいる九条はそれ以上だ。
「思ったままを口にしてるだけだけど」
「思ったままって……そんなこと思ってたんですか?」
「思ってるよ」
麻子の腰を支えながら九条が顔を近づけて来る。
「私より若くて優しい男が、麻子を攫っていくんじゃないかって」
「課長――」
九条がふわりと麻子を抱きしめた。そのせいで表情は見えなくなる。
「でも、私は君より年上で上司でもあるからな。大人でいないといけないだろ。みっともないことはできないから。グッと堪えてるだけだ」
課長……。
「麻子の未来の邪魔はできないよ」
「邪魔って、そんなの――」
「とにかく君は綺麗だって言いたいんだ」
ぎゅっと抱きしめる。その腕の強さにどこか切なさを感じるけれど、それ以上何かを言わせないような強さにも感じた。