冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
「……待って。シャワーを――」
あれから口数が少なくなった九条は、ホテルの部屋に戻るなり麻子を荒っぽく抱きしめた。
「待てない、と言いたいところだが、君の言うことをきこう」
その言葉にホッとしたのも束の間、身体ごと抱き上げられてバスルームへと連れて行かれた。
「え? どうするの?」
「一緒に風呂に入る」
即答されて唖然とする。その間にも九条の動きに迷いはない。
「さすがにそれは恥ずかしいので……っ!」
「昨日は大人しく引き下がったからな。今日は我慢しない」
「いやいやいや、ちょっと待ってください! 私に奉仕するって言ったのに――」
「ああ言った。だから、ちゃんと君に奉仕するよ」
妖艶な色気を湛えた微笑みに、なす術はなかった。
「……この状況は、一体なんなんでしょうか……」
身体を洗われている間、恥ずかしくてたまらなかった。そうしてその時間をやり過ごしたというのに、今湯船の中に一緒に入っている。
すぐ後ろに九条の身体がある。もう小さくなっているしかない。
明るい場所でお互いに裸のままで。そんな状況、初めてなのだ。狼狽えるに決まっている。
「一緒に風呂に入ってるだけだろ。そんなに固くなるな」
九条の腕が背後から伸びて、ぎゅっと抱きしめられた。
「君の身体はいつも隅々まで見てる。いまさら、恥ずかしがらなくていい」
「隅々って……、何言ってるんですか!」
「本当のことだから仕方ない」
九条が動くたびに、ちゃぷんと水の音が響く。手のひらが麻子の肩を抱き、首筋に九条の鼻が触れた。
「課長……っ」
濡れた素肌に触れる刺激に、ビクンとする。
「少しは呼び方を変える努力をしたらどうだ? 今日一日、ずっとだぞ?」
「んっ」
肩に唇が吸い付いた。
「上司として、こんなことしてるんじゃないんだ。一人の男として君に向き合いたい」
その言葉に後ろを振り向くと、九条と向き合う形になった。濡れた前髪をすべてかき上げた九条の顔に、ドクンと胸が鳴った。レンズのないあらわになった表情は、誰よりもセクシーだ。
「そうさせてくれないか?」
切れ長の目が細められる。頬に指が触れる。切なく掠れた声に、促されるように口を開いた。