冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
最後の夜の九条の手は、少し激しくて執拗だった。果てても果てても、その腕から解放されることはない。
「どうしたの……? なんか、変――」
「いつもと同じ。君に欲情しているただの男だ」
身体中を滑る手のひら、身体の奥を埋め尽くす熱。何かに急かされるように麻子の身体の上で激しく揺れる九条の裸体に、心の奥で引っかかる。
それなのに、とめどなく注がれる快感のせいでうまく脳が働かない。
「――Aku mencintaimu. Aku tidak ingin membiarkanmu pergi」
インドネシア語――?
「なんですか? なんて、言ったの――」
麻子の言葉を飲み込むように荒っぽい唇が塞ぐ。両頬を捕まえるように捉えられて、奥深くまで蹂躙される。
「麻子、」
名前を呼ぶ以外に言葉はない。その代わりに、唇と身体で何かを訴えるみたいにぶつけてくる。
「麻子………麻子」
「拓也――さん」
愛されていると、思ってもいいですか――?
私はあなたに愛されていると思っていい?
そう確信したくなるほどに、九条の表情、自分を抱く腕、手のひら、その全部に感情が溢れているように思えた。
帰路に着く飛行機の中で、自分でもびっくりするくらいに寂しさが襲って来た。これから帰る場所は同じで、九条は恋人で、帰国してもそばにいてくれることには変わらないのに。
どうしてだろうか。思わず、隣の席に座る九条の腕をギュッと掴んだ。
「……どうした?」
経済新聞を読んでいた九条が、麻子に視線を寄せる。
「なんだか、すごく寂しい気持ちになってきて」
「寂しい?」
「おかしいですよね。旅が終わっただけなのに。この4日朝から晩まで、ずっと拓也さんとくっいていられたからかな……」
そう口にすると、九条が麻子の肩を抱いた。
「この旅行、君のいい思い出になれたか?」
九条のどこか心配そうな声に、思わず声を上げる。
「もちろんです! 最高に幸せでした。最高に幸せな旅行でした」
「そうか……」
吐息まじりに吐き出した声は安堵を含み、肩を抱いていた手のひらにぎゅっと力が込められた。
「いい思い出になったんなら、寂しい気分もすぐに消える。
楽しい思い出として残るだけだ――」
九条が麻子の髪に唇を当て囁いた。