冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜


 ショートボブの髪をタオルで拭きながら浴室から出て来ると、結愛が麻子のベッドで寝転がっていた。

「結愛――」
「ああ、麻子ちゃん、ただいまー」

深夜にも関わらず、声が大きい。それに、結愛の頬がチークの色だけではない色づきで、酒を飲んで帰って来たのだと分かった。

「結愛ちゃん、飲みに行ってたの?」

麻子だけを頼りに2ヶ月前に結愛は東京に出てきた。まだ仕事も見つけていない。一緒に飲むような友人ができたのだろうか。

「そう。めっちゃオシャレなお店だったー。さすが東京! 六本木だよー」

つけまつ毛で元々大きい目をさらに大きく見せている。ゆるく巻いたロングの髪をいじりながらヘラヘラとした顔をこちらに向けた。

「飲みに行くのもいいけど、そろそろ仕事見つけようよ。そうすれば部屋も探せる。部屋探しなら私も手伝えるし――」
「あのさー。今、何時かわかってる? 結愛もう眠いし。難しい話はまた明日しよ?」
「そう言って、毎日、話進んでないよ」
「それは麻子ちゃんのせいでしょ? 毎日毎日、帰って来るの遅いんだもん」

結愛が面倒そうに立ち上がる。

その服、私が最近買ったもの――。

「私もお風呂入ろーっと」

麻子の横を、結愛が長い髪をまとめながら立ち去った。その時、首筋に何かの痕のようなものが見えた。

男――?

学生の頃から結愛はモテる。とにかく男ウケする容姿と仕草が染み付いているのだ。

もし、男性関係で何か間違いでもあったら。その時責められるのは、絶対に私だ――。

こめかみに指を当てて畳に座り込んだ。

 結愛は、高校卒業と同時に、スタイリストになりたいと地元から一番近い都市の専門学校に入った。でも結局、卒業せず途中でやめてしまった。

 その後は地元に戻ってフリーターをしていたけれど、『やっぱり東京でファッションの仕事をしたい。田舎は結愛には合わない!』と言って東京に来たのだ。その言葉はただの思いつきで、何の計画もないものだった。

 昔からそうだった。結愛はとにかく努力が嫌いで、習い事も長く続いたことはない。その場その場のフィーリングや思いつき、欲望で動く。それに家族は振り回される。

 この日一番の溜息を吐いた。
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