冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
毎朝、英語力向上と維持のために習慣にしているアメリカのニュース番組を聞きながら、朝の支度をする。もちろん早朝に結愛が起きることはない。
観葉植物に水をあげ、サラダと白米、納豆という簡単な朝食を済ませ、食器を片付ける。メイクをして着替えて、水筒にお茶を入れて、ラジオを消して玄関に向かった。
「――麻子ちゃん」
「起きたの?」
背後から突然声が聞こえて、びっくりした。ノーメイクの結愛は5歳くらい幼く見える。
「今週末、麻子ちゃんのお母さんの法事があるんだよね? 地元で一泊して来るの?」
「……ああ、なんとか日帰りで帰って来ようと思う」
5月最後の土曜日、母親の13回忌がある。それで、地元に帰る予定になっていた。麻子の母親は結愛にとって血の繋がりのある叔母にあたる。でも、会った事もない叔母の法事に出席する義理は彼女にはない。
「分かった。それと――」
結愛が含みのある笑顔を作る。
「住む場所だけど。仕事より先に見つかりそう」
「それって、どういうこと?」
無職で家を借りるのは難しいだろう。それに、収入がなくてどうするつもりだ。
「うん。一緒に住まないかって言ってくれる人がいて。そこでお世話になろうかなって」
「どういう人? 信頼できるの? 大丈夫?」
いやいや。この短期間でそこまでの関係になるとはどういうことだ。
「絶対大丈夫。お堅い仕事してる人だし。真面目だし。麻子ちゃんにもちゃんと紹介するよ」
本当に大丈夫だろうか。
「……麻子ちゃんだって嬉しいでしょ? だって、私と暮らすの迷惑だもんね」
とびきりの笑顔で麻子に言う。
「結愛、麻子ちゃんにこれ以上迷惑かけたくないもん」
その言葉に何も返せなかった。
「じゃあ、いってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
これは、喜んでいいのだろうか?
麻子には何も起きないようにと祈ることしかできなかった。