冷徹上司の氷の瞳が溶ける夜
帰国を祝う会。そんなものを同期の藤原が勝手に企画した。藤原は、数少ない多少プライベートでの付き合いのある同期だ。商社というところはとにかく飲みたがる。名目はどうでもよかったりするのだ。
顔だけ出して帰ろうとした時、新入社員と思われる女子社員が声をかけてきた。それが麻子だった。
成り行きで、立ち話をすることになって。久しぶりに帰国して数人の新入社員と話をする中で、無駄な熱さに辟易していたところだった。だから、どこか意地悪な気持ちになって、彼女にどうして商社を選んだのかと聞いたんだと思う。
「会社員の中では給料が一番高いと言われている業界だからです。私にとっては熱い思いなんてものより収入の方が大事で。だから大学の4年間は必死で勉強しました」
予想していた言葉と違うものが返ってきて、初めてきちんと彼女の顔を見た。そのあと聞いた、彼女の生い立ち。話を聞けば聞くほど、自分と似ていた。だからだろう、自分と彼女を重ねたのかもしれない。これまで他人に感じたことのない、どこか親近感のようなものが生まれた。
「私にとって頼りになるのは現金だけなんです」
そう言って笑う麻子の表情は、あらゆる負の感情を心に隠したものだった。それは、苦労したものにしかわからない。
「だったら、とにかく仕事ができるようになれ。女も男も関係ない。一人で生きていくには、それが全てだ」
自分に重ねたからこそ、そう彼女に告げていた。
それから、麻子に会うことはなかったが、心の片隅にはその記憶が残っていた。勝手に『丸菱で勝ち残って欲しい。力を持てるようになってほしい』と、そんなことを思っていた。